変態男イグナティウスが、アンを訪ねてきた。
クリフトン町民がドクター・ジョセフ・ベルを拘束し、身代金を要求している。
君にも助ける義務があるんじゃないか!と。
アン「おちつけ。順序立てて説明しろ。何をどうするかは、それからだ」
イグナティウス「師匠がクリフトンへ通っていたのは、君に調査を依頼されていたからだ。詳しくは聞いてないけど。
それで、滞在中に捕らえられ、いま町内に監禁されている。
僕のフォンに連絡がきた。
身代金は2万ドルだ。力を貸してほしい」
アン「ドクター・ベルは信用のおけない同居人に依頼主を明かすような探偵なのか。
おれが依頼主だったとして、のこのこ探偵と同じ場所へ行ったら元も子も無いじゃないか。
捕らえられたのはドクターの失態だろう。
2万ドルは安すぎる気もするが、それが犯人側の評価か」
イグナティウス「貧乏人だと察してくれたみたい」
アン「警察への通報は?」
イグナティウス「僕は仕事をもらっててコネがあるけど、師匠は警察嫌いだからね。
アンにも迷惑がかかるだろうと思って、まだ通報はしていない」
アン「そこは恩に着せるポイントに含まれない。
2万ドル払ってドクターが生きたまま戻ってくる保証はあるのか」
イグナティウス「どうかな。僕はこんな交渉、したことないんだ。君の方が得意だろう?」
アン「何から何まで失礼千万だぞ、てめえ。
いいか。今からおれがシナリオをつくるから、犯人に電話しておまえが交渉しろ。
おれは一切喋らない。そのあとクリフトンへ行くのもおまえ一人でだ。
わかったか?」
有無など言わせなかった。
交渉の結果、24時間の猶予を承諾させる。翌日イグナティウスが犯人から指定された小学校へ向かい、その場で金と人質を交換することとなった。
ベル邸には自動車が一台しか無く、近頃はもっぱらイグナティウスがこれを使っているため、クリフトンまでベルはバスで通っていた。
よって交換の折、どんな姿であれベルは徒歩であろう。
イグナティウスは彼を車へ載せ、運転してアルバリーまで戻る。これが基本行動。
シャーロットを出発する直前にイグナティウスは2万ドルと実況中継用の無線端末をアンから受け取り、携帯していく。
アンはこっそりバイクで追跡し、小学校で監視とバックアップを行う。イグナティウスはこれをまったく知らない設定とし、ベルへも帰宅するまでは明かさないこと。
純朴な死体愛好者イグナティウスは、アンが矢継ぎ早に決めていくのでたちまち思考停止する。アンに言われたことのみ忠実に執行するロボットと化して、その日はやや安心して寝た。
アンは夜通し準備に専念し、さて当日。
イグナディウスを送り出して、レザースーツに着換え、ギターケースのようなものを背負ってツーリングバイクに跨る。
無免許なので、クリフトンの手前までは安全運転。
天気予報どおり小雪が舞い、足場はところどころ泥濘む。
町へ入り、道路沿いの林の陰で、ナンバープレートを交換したりなどの偽装工作。イグナティウスの現在位置もチェックする。
指定時刻までもう少し。慎重に低速で移動。
地形は頭に入れてある。
小学校。駐車場片隅。やった側とやられた側との交渉が始まる。
息を呑んで聴き耳。
よし。
アン、建物の陰から踊り出てまっすぐ突っこむ。
犯人たちはイグナディウスの持ってきたバッグを検めようとしていた。アン、リモコンのスイッチを押す。
軽い爆発と、マスタードガスの噴出。
咳きこみ、よろめく男どもの足下を狙って機関銃を連射。
外してやる義理はない。致命傷には至らないだけで血飛沫が雪を染める。
イグナティウスとベルは呆然と立ち尽くしている。
おまえたちは早くずらかるんだよ!バカ。
マガジン2つ半撃ったところでアンは撤収。追手は無いようだ。
今回の誘拐劇は、地元の壮年会とか、ごく小規模のグループによる出来心的な犯行に過ぎなかった模様。
前日の交渉でアンはどっちもが素人だと感じたが、まんまと想定通りだった。
クリフトン教会の精鋭は絡んじゃいない。しかし何らかの動きには及ぶ可能性がある。犯人たちに説教を垂れるとか。それが風穴となってマチルダへつながる突破口を見つけるヒントになれば儲けものだが。
さて。
今後については、ドクター・ベルに調査を継続してもらうのをやめることにした。
もともと病院にコネがあるからという理由で依頼したのだが、おっさんだし身長もあるので隠密行動向きじゃないのだ。自分で自分の身を守れなかったことも痛々しい。
所詮は探偵か。
マチルダにはもうしばらく修道院暮らしに耐えていてもらおう。せめて、春まで。
あたたかくなってきたら突入だ。
人手が要るなあ。
また借金が増えるなあ。
稼がなくちゃ。稼いで稼いで、蓄えておかなくちゃ。
ちなみに今回、アンは小学校へ行く前にノルウェー国教会の敷地周辺も走ってみて、動きが無いことを確認している。
衛星写真で下見していた通り、墓地まで含めて広い土地だった。
礼拝堂と牧師館を兼ねた中央棟は石造りで要塞然としており、堂々たる威圧感を放っていた。
その3階部分に大きな鐘楼。
あそこから侵入って、できるのかな。
クライミングの練習も、しておくか。