トモリルに呼び出されるアン。
石鹸を全部持っていってくれというので、小型トラックで出かけた。
詳細は少し込み入っていた。
トモリル「最近、変な客がうろついている。
婆さんなんだが鼻が利くようだ。裏口から来てクンクン匂いを嗅ぐんだよ。石鹸の置き場を変えてみたら、そっちの方へ寄りつきだした。
悶着は御免だぜ。サラとは、別な場所を使って受け渡しをしてくれ」
アン「客、なんだな?」
トモリル「店の中へも入ってくる。何かを探ってるんだ。商品は、買ったり買わなかったり。薄気味悪いんだよ」
アン「何曜日のいつ頃来るとか、法則はあるか?」
トモリル「夕方が多いかな。パンの香りが濃厚なうちは、現れない」
アン「サラは午前か、遅くなっても14時頃までだよな。そのババアが石鹸目当ての犬だとすると、サラにも注目を向けないわけがないはずだが」
トモリル「とっとと片付けてくれ。ただし、店の周辺以外でな」
アン「次、ババアを見かけたらすぐにコールしてくれ。おれ、石鹸持ってきてそいつを惹きつける。
預けてるぶんは持っていくが、敵をおびき出すまでは協力してくれよ。退治しないと、いつまでも脅え続けてなくちゃならないだろ?」
アンは少し離れた駐車場にトラックを置き、向かいの街区からそれを監視した。
トモリルの観察が確かなら、罠を仕掛けておけばいい。とっととケリをつけましょう。
やがてミンチンの方角から、サラ・クルーが歩いてきた。
アンは近付いて顔を見せる。
ファージングと呼んでいた頃に比べたらずっと明るい娘になっていた。スクール内では奴隷だろうけど、カースト上位の生徒たちは外を出歩く体力すらも削られてんだぜ。皮肉なものだね。
サラ「ずいぶん久しぶりだけど、忙しいの?
この石鹸で儲けてもらってるならいいけど、それでなかなか会えないっていうのも複雑なのよね」
アン「感謝してるよ。実際すごく儲けさせてもらってるし、だから忙しくて寝る暇も無くて、おれ自身を呪ってたりもする。
なかなか、器用に生きていくっていうのも難しい」
サラ「そばかすは、お友達を捜してたんじゃなかったっけ。その後、どうなってるの?」
アン「ああ。その子は見つかったよ。いま離れたところで療養中なんだが、ま、元気にしてる。
……そうか。考えたらおれ、もうミンチンに用は無いんだ。
サラ。
逃げたいなら手伝ってやってもいいぞ」
サラ「え?」
アン「ミンチン・スクールから逃げ出す気なら、連れ去ってやるって言ってるんだ。
金も持たせてやる。西海岸あたりで名前を変えて暮らせ。なんなら良心的な里親斡旋業者も紹介してやる」
サラ「……脱走かあ。そんなこと、考えてたことも……あったな」
アン「今はその気が無いってことか?」
サラ「話したことあったかしら。あたしのパパ、事業に失敗して死んだって言われてるんだけど、実はそれ、定かでないの。
もしかしたら、いつかあたしを迎えに来てくれるかもしれない。
そのときあたしの消息がわからなくなってたら困るでしょう?」
アン「だから奴隷でいつづけますって?
おまえが新天地で力を磨いて、自分から父親を捜して助けに行ってやるってストーリーだってあるんじゃないのか」
サラ「パパを、助けに……あたしが?」
アン「いつまでも助けてもらおうなんて甘えてんじゃねえよ。
地上には助けてほしいやつらばかりがひしめいてるんだ。力さえつければ、助けたいやつを、こっちが選べるんだぞ。
そんな発想をしろよ」
サラ「……ありがとう。
やっぱり、そばかすって、すごいな。今日、いままででいちばんの勇気をもらった」
アン「どうする?おれの気が変わらないうちに決めてくれ」
サラ「少し時間をもらっていいかしら。スクールには、ほおっておけない小さな子たちもいるの。せめてお別れを言っておきたい。
とくに伝えておきたいの。強く生きなさい、って」
アン「わかった。じゃあ、またそのうち来るから、いつでも発てる準備だけしておいてくれ」
パナデリアへ着く前に別れ、アンは元来た方角へ引き返す。
途中で、またゴミを漁っているゴミを見た。やりすごす。
……おお。来てる来てる。
鼻をひくつかせているおばさんがひとり。そこまで年寄りじゃないが。さて、何者だ。
アン「なにか用かい?その車、おれのなんだけど」
その女性は、奴隷を品定めしているかのような目つきで、じっとアンを見下ろした。
手には小振りだが頑丈そうなビジネスバッグ。
年季の入った、鉄芯でも仕込んでいそうなブーツ。
真冬にしては薄着。運動し慣れているのがわかる肉付き。
厚手のグローブ。丸縁眼鏡。
髪は短く、その頭に上品そうな帽子。
アンはプロファイリングを終えた。
話しかけてきたのは、相手の方だった。
女性「所属と番号を述べなさい」
アン「ダブルオー・セクションの7号」
女性「こんなに、どこへ運ぶ気?」
アン「とりあえず、うちへ」
女性「正規のルートじゃないわよね。どこから仕入れたの?」
アン「あなた何者?せめて名乗ってよ」
女性「ドレイク。パメラ・ドレイク。
監査人よ。規約を逸脱した不届き者を追っているの。
さあ答えなさい。こんなに、どこから入手したの?」
アン「犯人から押収したんだよ。だからもう、これを使った殺人は起きないと思うよ」