アンはブローチだけをポケットに入れ、バッグを元通りにして、大急ぎで秘密基地を去る。
草叢の中に缶詰の殻が転がっているのにも気付いた。窃盗犯がここをねぐらにしていたと思われる。
居心地はよかったかい。
制作者に感謝を捧げな。
安全圏まで離脱後、ブローチを開けてみた。
マリラによく似た女性の写真。それから、きれいに束ねられた銀色の毛髪。
よかった、これさえ無事なら完全勝利だ。
一目散に家へと戻る。
まずはマリラに、ブローチをあらためてもらった。
むせび泣かれ、抱きしめられた。
なにごとか、と窓の外に立ち尽くしているマシュウも交えて、次の手を協議する。
盗難届けは出さないこととなった。
尊大な警察官から根掘り葉掘り職質されることには耐えられないし、仮に一時的であっても、このブローチを更に他人に見せ触らせるなんて、もっと耐えられない。その点は全員一致。
次は、窃盗犯の情報を通報するか否か。
秘密基地をつくっていた云々は言わなくてよいにしても、アンが日頃からそんな森の奥まで行って遊んでいるなんてことは、さすがに触れ回りたくないよね。牧師さんからは子供だけで出歩かないようにとしっかり注意されているんだし。
というわけで余計な藪はつつかないことに決めた。
では、対策を確認。
犯人はアンの逃げる姿を見ているかもしれない。ブローチだけがなくなっていることに気付けば、グリン・ゲイブルズに戻ってきて証人の口封じを目論むかもしれない。
だから、罠を仕掛けるならばマリラの部屋の窓の外が最適でしょう。
ここに現れなくとも、他所でまだまだ悪さをするはず。捕まえるのは、その人たちの仕事でいい。
全員、異存はありませんね?
では、これにて解散。
アンは、ダイアナに顛末を伝え、しばらく森には足を踏み入れないことを承知させた。
それからジョセフ・ベル氏の見様見真似で、バーリー邸からも盗られたものが無いかどうか調査してみた。
グリン・ゲイブルズよりは施錠など行き届いているし、手形や足跡なども発見できず、狙われるとしたら今後かもしれないとの見立てを述べる。
ダイアナの両親にガチの防衛術を指導するのは難しく思われたので、オーチャード・スロープを要塞化するんだったら、というごっこ遊びをしているふりして、雑談だけして帰った。この程度でも日頃から考えておきさえすれば、無防備のまま敵に揉みしだかれる愚は冒さないですむだろう。
脱がされ、囁かれて、グイ!だって。
そんな陵辱魔をつけ上がらせてんじゃねえよダイアナ。
次の日曜日、礼拝でスーリス牧師が述べたところによると、近頃は浮浪者や黒衣の男に加え、トーマス・ソーヤーに私怨を抱き彼の自宅周辺を嗅ぎ回っている不審人物も報告されているのでくれぐれも油断しないこと、だそうだ。
アンは、あいつへの私怨なら自分だって抱いているがトーマスの家ってどこらへんなんだと気になった。
帰りに郵便局へ寄り、地図で確かめる。
村の反対側の集落で、スタンレーブリッジに近い。催眠術使いだという逃走犯がトーマスを狙っているのだとすると、グリン・ゲイブルズ側まで来て野宿してるなんて距離的にかなり不自然だと思う。
黒衣の男は除外してよいとして、浮浪者……ってそういえば以前マリラとスーリスが名前を挙げていたような。
マリラ「マグ・レアードのことかい?
泥棒だよ。果樹園から林檎をもいでいくのさ。物乞いもしていたが、この村では相手にされなくなって、見つかれば追い払われるからどこかの町へでも行ったんだろうと噂してたんだけど、先月くらいにまた現れたよって話をレイチェル・リンドから聞いたんだ。でも、それっきりだったね。またどこかへ行っちゃったんじゃないかね?」
アン「背格好はどのくらい?マリラのブローチを盗んだのはマグ・レアードだった、ていう可能性は高いだろうか」
マリラ「レアードの体格はがっちりしていたから、可能性はあるね。想像したくないけど。……でも、だとしたら、何が起きるんだい?」
アン「窃盗犯がマグ・レアードで、ここへ再訪していないとすると、脅威は低いと判断していいと思うんだ。
これに対し、殺人犯で催眠術使いで法廷から逃げおおせてトーマス・ソーヤーへの復讐を目論んでる野郎はかなり凶悪だよ。
こいつは早急に無力化する必要がある。次に何をしでかすか知れないからね」
アンは考えたままストレートに話した。
ただし、彼にトーマスを殺させて、そのあとで無力化すればいいという計画は敢えて伏せた。
さすがは、頭のきれる子だ。