緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§180.姉は闘ふ

アビグウェイト最初の銀行は1850年代に誕生した。

当時は入植地ごとに本国の通貨や度量衡が使われ、物々交換も普通だった。文字を書ける住民も珍しくて、署名が必要なときは人数分の✘印をつけた。

教会の牧師や司祭は子供たちの教育係でもあったが、知識や説得力よりも腕力が最重要視されたことは言うまでもない。

 

年代記には綺麗事しか書かれないから、古き良き時代だったと皆が口を揃える。

しかし会計簿というものは比較的正直に記帳されるので、かっこつけた思い出話なんかより、はるかに生々しい実態を窺わせてくれるものだ。

侵略者は先住民をアルコール漬けにして何もかも奪い、自分たちの財産ばかり膨らませた。

強い者同士の間でも紛争は絶えず、常に最も強い者が法律を決めた。

賢い者は土地だけ購入して、島になんかやってこなかった。送りこんだ奴隷がほどよく耕したら他所に移住させ、その土地を高値で転売する。そんな開拓者たちがひしめき合っていた。

勝者には古き良き時代。敗者は語る口を持たないだけ。一面では真実に違いない。

 

こうして徐々にだが人口が定着してくると、次の課題はインフラストラクチャーの整備。

島民は内陸都市との交易に輸送費がかかりすぎることを切実に問題視しており、大型定期船の就航または橋の建設を喫緊の課題に据えた。

ここまで大掛かりな事業となると、経済基盤を管理できる機関が必要となる。すなわち銀行。

政府が住民から搾り取った税金もここへ預けられ、優秀な人たちによって資産運用に供された。

1875年より木造のフェリーが廻航するようになる。

このファーストステップが島民の物欲を刺激して、翌年には鉄鋼船へグレードアップ。

世紀末には鉄鋼砕氷船まで買えるようになって、真冬でも往来が可能となった。

鉄道やコンフェデレーション橋にも触れたいところだけど、脱線はやめて本筋へ戻ろう。

 

銀行は必要か。

必要かもしれない。

だが連戦連勝のギャンブラーが存在しないのと同じ理屈で、常に儲けていられる銀行屋なんてありえないし、むしろ最後は必ず破産して退場する。

だって止められないんだもの。

この法則だけは絶対確実。

 

今回、血税を投入され命脈を保たれたギルモア銀行は、源流をたどれば19世紀中葉の黎明期にルーツを持つらしい。

浮沈の激しい業界なので異論の余地もあるが、違ってても別にいいだろう。

ただ無意味にプライドだけ高いことはどんな仕事でもマイナス要因だ。

最高経営責任者だったジョン・ギルモア氏は、そんな典型的すぎる迷惑老人だったため、全会一致で解雇された。

しかし本人は事態も境遇も理解できていないようである。

郷里の邸で毎朝盛装して使用人たちに説教を垂れ、疲れてくると「気分がすぐれぬようだから本日は出勤を見合わせる」とか言って寝室へ引きこもる。そんな毎日を繰り返している。

 

依頼人は長女のスザンナ・ギルモア。

自然死に見せかけてほしいという。

このためアンに発注がきた。

検出されない毒物で手頃な品はありますか、と。

 

アン「死後急速に分解されるアトロピン。林檎の種からつくれるシアナイド。毒耐性の強い方にであればフィゾスチグミン。

時間をかけてよいならタリウムもアリかな。どれがいいですか」

 

エージェント「ほんと頼りになるわねえ。依頼人は早く楽になりたがっているから、シアナイドをもらおうかしら。

あら、こんなに安くていいの?」

 

アン「うちに原料いっぱいあるんで。何人分、お要りようですか?」

 

エージェント「依頼人にとっては父殺しなのよねえ。後を追うとか言い始めちゃったらどうしよう。叶えてあげるべきかしら」

 

アン「何歳くらいの方なのでしょう。健康体か、病弱かによって用量も違ってきます」

 

エージェント「ずっと父親や妹弟の世話をしてきたから体力はあると思うんだけど。オールドミスよ。

そうねえ、薄幸そうには見えるけど、簡単にくたばったりは、しないわよね」

 

アン「ずっと言いなりに従わされてきた父親を殺したら、やっと自由になれるんでしょ?

余生を好きに使えばいいのに。

なにが理由で後追いなんて?」

 

エージェント「そんな生き方ずっとしてきたら、自由だって持て余しちゃうのよ。本人も、何をすればいいのかわからなくなることを恐れているの。

めんどくさい一族なの。揃いも揃って」

 

アン「はあ。ちなみに妹弟てのは、同居してますか?」

 

エージェント「ええと。3人姉妹弟で、次女は結婚しているわね。

彼女の夫は、もと姉の恋人。姉が父の世話ばかり気にして一向に進展しないものだから妹に乗り替えたの。婚姻後、すぐに女児が生まれてる」

 

アン「あほなんですか、その長女」

 

エージェント「弟はもっと早くに家を飛び出しているわね。長姉に、父を見限ってこっちで一緒に暮らせとずっと誘っているけど、男性上位主義者であるところは父親譲りだから、家政婦として無償奉仕させるつもりであるのは明白。

次女も、出産後は同じような誘致をするようになったわ」

 

アン「揃いも揃ってめんどくせえなあ」

 

エージェント「妹弟にくらべたら、まだ父の奴隷でいる方が長女には気が楽なのかもと思うわ。

でもその父親を殺したあとは妹弟からの誘いが更に強くなる。

もう既に耐えていられなさそうなの。さて、どうしましょう」

 

アン「おれなら、父親殺す前に妹弟へも営業かけて、一回で3件ぶん稼ぎますね。

長姉は殺させない。

すると3人の間で揉め始めるでしょう。生かさず殺さずで追加注文に応じて長く稼ぐんです。

あとは搾り尽くした順に、自然死させる。

これがハッピーエンドですよ」

 

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