緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§182.こんなのはウォーミングアップ

アストンマーティンOne−77。

 

スポーツカーである。2人しか乗れない。車内は狭い。燃費は極悪。泣く子も黙るド変態メーカーがつくり、物好きな金持ちが買った。

クルマに興味の無い者を振り向かせるほど特異な外観はしていないが、駐車場へ戻ると毎回人だかりに囲まれているので、気が休まらない。

アンはこんな目立ちたがり屋が大嫌いだ。マダムと一緒に埋めてきたいと何度思ったかしれない。

 

アンが公然と運転できるようになった日から、マダム・クラリスはお出かけばかりしている。2人の間では「取材」と呼ばれる。

今日も行くわよ、と朝食後に宣言され、ひたすら走り回らされる。

初日はアビグウェイト島一周、200マイル。

こんなのはウォーミングアップですらなかった。

 

郊外へ出るとまだまだ雪が残っていて、泥だらけになる。マダムはすぐ洗車したがるが、安いステーションは使わせてもらえない。

アンはそんな拘泥ぶりにもいちいち苛々する。

ノヴァスコシア州のハリファクスへも行った。

3年前に銃乱射事件の起きたニューブランズウィック州フレデリクトンの名門高校は、今も観光名所だった。

この調子だといずれ北米大陸横断まで言いつけられるんじゃないだろうか。

通常業務が滞るばかりで真剣に困ってるんだが。どこへクルマとババアを沈めよう。

 

クラリス「モンクトンへ立ち寄りたくない理由は、指名手配されているからなのよね?

8年も前で、指紋はとられていないし、顔も名前も当時と全然違っている。そこまで気にしなくてもよいのじゃなくて?」

 

アン「それでも念には念を入れておきたいですし、こんな目立つ車で有名人引き連れて走るってのは、どのみち論外です」

 

クラリス「それもそうね。じゃあ、私が独自にエージェントを使って、現在までの捜査記録を調べ、危険度を測量するというのはどうかしら」

 

アン「止めませんけど、当時のおれの名はアン・シャーリーではなかったですよ」

 

クラリス「ああ。アン・シャーリーは、アルバリーへ里子に出されてからの名前だものね」

 

アン「で、今はアンゾネッタ・カスバートです」

 

クラリス「でも8年前、約8歳の女児が凶悪犯罪を働いて行方をくらませた、という条件で絞りこめば、すぐ特定できるのじゃない?」

 

アン「すぐ特定できるようじゃ、やっぱり立ち寄るわけにはいきませんね」

 

クラリス「3月生まれというのは正しいの?それもアン・シャーリーに付随する設定?」

 

アン「さあ。そこは、ノーコメントで」

 

クラリス「アンは謎すぎるわ。やっぱり、私の手には負えない」

 

アン「ヘラクレスと戦うには、これくらいのことをしなくちゃね。どっちが勝ったのかは知りませんが」

 

クラリス「あら。ヘラクレスは死ぬのよ。生涯ただ一度の敗北を刻んで地獄へ堕とされるの。

アンがどうなるかだけ、読んでからのお楽しみ」

 

アン「今こうしておしゃべりしていることも、その時じわじわ思い出すんでしょうね。

おれでも、さすがに泣くんじゃないかな」

 

クラリス「私も地獄で待ってるわ。来てから、感想を聞かせて」

 

アン「忘れないようメモしておきます。ところで最近のファンレター、読んでます?

昨年のヘラクレスに批難囂々です。

次はもっとちゃんとした活躍をさせてください」

 

クラリス「読まなくていいわ。作者がいちばん消化不良を起こしてるわよ。

もちろん今年は腕によりをかけた大冒険にするつもり。

だからこうして取材しているんじゃない。

広域犯罪だから各州の警察を総動員させなくちゃ。そこにモンクトンだけ出さないわけにはいかないの」

 

アン「ヒュウ。ちゃんと考えてらしたんですね。

じゃあ、やっぱりモンクトンへも、寄らなくちゃなのか」

 

クラリス「提案があるんだけど、聞いてもらえる?」

 

アン「はい」

 

クラリス「アンの外見を大きく特徴づけている、赤毛とそばかす。

整形手術で完全に変えられるわ。必要があれば瞳の色も、指紋だって。

経費として私が支払います。

どう。やっちゃわない?」

 

アン「……え?え?」

 

クラリス「おそらく、カスバート兄妹への説明が一番の障害なのかしら。あのふたりは、アンがありのままのアンでいてくれることを望む気がするから。

なので、タイミングを含めてどう切り出すかはあなたに一任します。

もちろん、あくまで提案。自分自身で決めてね」

 

アン「整形って、そんなことまでできちゃうんですか。びっくりだなあ」

 

クラリス「もちろん、エージェント御用達の職人でなきゃダメよ。下級犯罪者を専門に狙う、モグリ医者もいっぱいいるから」

 

アン「ステイシー姉妹って全然似てなかったけど、あれも整形してたからかな。

……はい、わかりました。前向きに検討を開始します」

 

クラリス「検討する上で、もし整形するのなら、ニューブランズウィック州警察のデータベースなど、やはり調べておいた方がいいと思うの。

捕捉されている項目を適確に外せればいいわけだから。

そのためには、8年前にどんなことをしでかしたのか正確に教えてもらうのが近道なんだけれど、これも留意しておいて」

 

アン「マイ・プロフィールをつくっておけということですね。

過去と訣別するための総決算か。

今まで、はぐらかしの一辺倒だったからなあ。

わかりました、記憶を整理しながらまとめておきます。

おれが、アン・シャーリーになるまでのドキュメントを」

 

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