クイーンズ・カレッジの近くに、4ウインズという自動車整備場がある。
ルーシーやユーリから紹介されたので腕は確かだと思うが、従業員は曲者揃いという印象だ。いわゆる、店が客を選ぶ系。
現場の長は、キャプテン・ボイド。味のあるおっちゃんだが、慣れてもとっつきにくい。
しかし余計な詮索もせずにトラックを貸してくれと頼めばすぐ出してきてくれるし、血まみれで返しても黙って受け取ってくれる。料金はそれなりに取られるが、妥当なところかもと納得させられる。
こんな店は、大切にしよう。
ちなみにOne-77を預けてよいかと尋ねたら顔をしかめられた。
スタッフ全員、いじりたくてたまらないだろうし、元のまま返せる保証をできかねると。
考えさせてくれと保留になっているが、マダムに怒られない程度にいじってくれて構わないから困ったときは持ちこもうとアンは決めている。
ここじゃなければどこに頼めるっていうんだ。
トロントのマルチマティック社まで運べっていうのか。1000マイルも走れるか。
いや、そのうちマダムから命じられるかもしれんけど。
そんな面白い店なのでアンは時々通うようになったのだけど、この日は知った顔と遭遇した。
かつてダイアナとつきあっていた男……ギルバート。そう、ギルバートだ。
もう18歳か。ますますたくましくなりやがって、この。
ギル「おひさしぶりです、ミス・アン。
ますます凜々しくなられましたね。今日はお休みですか?」
アン「そちらこそ。おれ、自由業だからいつもこんな感じ。ここ、よく来るの?」
ギル「あ、はい。とても信頼のおける店なので」
へー。と思いながらアンは周囲を見回す。ギルの車を当ててみせよう。
ふと、ひとりの女性を目に留める。
整備場の隅に腰かけて、大型タブレットでお絵描き中だ。
視線の先には従業員。見たことのないクレーン車みたいなものを修理している。
全体的に、珍しい光景だな。
ギル「彼女、メカニックのイラストレーターやってるんです。珍しい車輌が来ると、キャプテンが連絡くれるんですよ」
アン「ほう。え……と、君とつきあってる人?」
ギル「ええ。今のところ」
アン「ふうん。あれ、君はクイーンズの2年生だったよね」
ギル「はい。この夏、卒業します。彼女も」
アン「今のところ、って気になるんだけど。卒業後は、一緒にならないの?」
ギル「彼女はドバイの都市景観プロジェクトへ参加が決まっていて。
僕は、実家へ戻るので」
アン「ああ。別れるんだ。まあ、話し合った上でなんだろうけど……
ギル、君は就職どうするんだ」
ギル「決まってないんですよ」
アン「まったく。いつまで優柔不断してるつもりだ。まだ対人恐怖症が治らないのか」
ギル「時間さえかければ。昔よりは快くなりました。
ただ、大学卒業してからの進路で、そんな悠長な時間を与えてくれる会社は皆無で。
これでも2年間、挑戦と反省はしてきたんですけどね」
アン「何がやりたいの?君自身の希望として」
ギル「僕は家長に向いてないんだなあって、あきらめがつきました。
アシストが適しているんです。決断の速い人に随いて、サポートに専念する。その能力だったら自信があります。
このスキルを理解してくれる御主人様を、これから見つけなくてはなりません」
アン「やれや……
気付くと、お絵描き娘が傍に来ていた。アンは姿勢をニュートラルへ戻す。
ギル「彼女はクリスティーン・スチュアート。イラストレーターです。
こちらはアン・シャーリー。小学校で同級……」
クリスティーンが、驚いた表情でアンを見つめている。
はて面識あったかなとアンは記憶を探るが、思い出せない。
ギルは無表情だが、クリスのリアクションに反応しないところをみると、不思議ではない状況なのか?
そう考えていると、クリスに両掌を掴まれた。親愛の情が伝わってくる。
なんだなんだ、なんで?
クリス「アン?あなたがアン?
お会いできて光栄だわ。ギルから、何度もあなたの話を聞いてるの。決してブレることのない、強い少女だって。
あたしもすっかり、あなたのファンなの。嬉しくてたまらないわ。あたしとも、お友達になって」
ドン引きした。
ギル、おまえはまだ懲りてないのか。それしか会話の持ち芸が無いのか。
ひっぱたいてやりたかったが、耐え忍んだ。
必死に話題を変えさせる。
イラストを見せてもらった。びっくりするほど丁寧で、立体感に歪みが無い。
レーシングカーの空気力学やら衝突時の弾性限界やら、それらをアニメーションで表現するためのレイヤーは5次元でも足りないとか。まるでマダム・クラリスの書斎で話しているかのような気分で過ごすハメになった。
ギルは適宜解説を加え、クリスが早口でまくしたてる数式やアンには馴染みのない知識を補ってみせる。
それは見事なアシスト能力だと認めざるを得ないが、ちがうんだ。アンは一刻も早く解放されたかったのに。
ロビーと整備場を往復する従業員も聴き耳を立てて会話に混ざりたがるものだから、ただ一人アウェイであるアンに逃げる術は無かった。
こんな店に、今後も頼らねばならないというのか。
ここじゃなければどこに頼めるっていうんだ。