さまようラム・ダスを見つけた。
なにかの罠か。囮役でも演じているのか。
そう察して無視していたら、声をかけられる。
おまえもエージェントの端くれだろうに。と舌打ちしながら、アンは相手をしてやる。浮浪者に呼びとめられてしまった地元の娘という体裁で。
ラム・ダス「最近会いに来てくれないじゃないか。どこかで殺されたのかと思ってたよ」
アン「おまえは長生きするだろうよ。忙しいんだ、こっちは」
ラム・ダス「ヒドゥンのシーズン1が終わったね。アンクル・サムが権利を買収したから、この先はダラダラと続くばかりのシリーズになっちゃうと思うけど」
アン「そうなの。おれは追っかけるのやめちゃったんだけど、君の方が見るようになったのかい」
ラム・ダス「君が感想を話してくれてた間は興味なかったよ。
無粋な宣伝屋がいなくなってからさ、ドラマが面白くなるのは。
おかげで楽しめた」
アン「そういうもんかね。
ところで、こんなところで何してたんだ。仕事じゃなさそうだな」
ラム・ダス「あの店のパンを買いに来たんだよ。なんて名前だっけ」
アン「信じられねえ。まさか方向音痴か、おまえ」
ラム・ダス「自慢じゃあないが、尾行は苦手科目だった」
アン「あたりまえだ。道行く女どもを次々振り向かせるような顔をつけてたら、囮役しかつとまらない。
鍛えなおしてやるから、黙ってついてこい」
アンは、他の追跡者がいないことを周到に確かめながら、ラム・ダスをハナのパナデリアまで誘導した。
自分は店に入らず建物の外側を点検。異常が無いことを確認する。いつものルーティーンだ。
戻ると、トレイにパンを積み上げて会計しているラム・ダスがいた。
無数の小銭が鳴る音に、トモリルと奥からの笑い声が被さる。
彼は両手に袋を抱え出てくる。
段差があるから気をつけろよとアンは注意を促す。
ラム・ダス「君は買わなくていいの?」
アン「帰りに寄るよ。それよりタコ部屋までちゃんと戻れるのか?」
ラム・ダス「自信ないなあ。大通りまでついて来てもらっていいだろうか」
アン「今日中にそれ全部食う気かい」
ラム・ダス「モンモランシーは全員、食べ盛りだからね」
アン「それにしたって……あ、サラだ」
ラム・ダス「サラ?」
アンは思わず振り向いた。ラム・ダスが急に足を止めたのだ。
ついさっきまでとは別人のような表情で前方を見つめている。その視線の先に、サラ・クルー。
サラも同じように当惑して立ち止まっていた。まるで、この世にいてはならぬものを見てしまったかのように。
アン「……おまえたち、知り合いか?」
サラ「ディコン?」
ラム・ダス「ミッシー・サーヒブ!」
駆け寄るサラ。
跪くラム・ダス。
ふたりは互いの顔を近付け、まじまじと見つめながら異国語でささやき始めた。
アンはただ、立ち尽くす。
ラム・ダスの手からパンの包みを引き取ってやり、ともかく周囲を警戒。
あのさ、ひとまず身を隠さないか。路上で目立つ行為はやめようぜ。
そんな忠告を何度かつぶやいてみた。
5分ほどして漸く、再会したばかりの二人は落ち着きを取り戻す。
ラム・ダス「残念なことですが、クルー大尉は亡くなられました。鉱山事業の損失はなんとか回復の目途が立っていたのですが、無理を重ねられすぎて。病魔に打ち克てなかったのです。最期まで、お嬢様のことを気にかけておられました」
サラ「そうですか。せめて、お墓を弔いたいです。埋葬はされましたか?」
ラム・ダス「邸宅は人手に渡ってしまい、財産もあちこちに毟り取られてしまいましたが、お嬢様、あの古い庭園を覚えておられますか?
あの一角だけはミスター・クレイヴンが所有して、今もそのまま管理されております。大尉と奥様の棺はその庭へ移されました」
サラ「まさか!あの花園がのこっているの?
そこにお父様も、お母様も眠っているの?
コマドリたちも、遊びに来てくれているのでしょうね」
ラム・ダス「庭の手入れは、メアリとコリンがしてくれていますよ。だから毎日、小鳥たちの囀りに包まれているはずです」
サラ「あの子たちは無事なのね?
もう、すっかり大きくなっていることでしょうね。
会いたい。今すぐにでも、飛んで行きたいくらいよ、バーラトへ」
アン「行けよ。
ためらう理由がひとつでもあるか。ラム・ダスに連れてってもらえ。こいつに道案内がつとまるかどうかは保証できないが」
ラム・ダス「ひどいな。尾行じゃなければ大丈夫だ。
モンモランシーが総力を挙げてプリンセスをお守りする。
ただ、準備に半日はもらいたいな。それまでお嬢様を匿っていてもらえないか、アン」
アン「急にここからかよ、無茶抜かすな」
サラ「あたし、いったんミンチンへ戻るわ。お父様にいただいた人形のエミリーだけは連れていきたいの。わがままは、これ限りにするから」
アン「どこがわがままだよ。形見なら大切にしろ。
いいか、今夜決行だ。
おれがミンチン・スクールの外で騒ぎを起こす。生徒たちを一斉避難させるドサクサにまぎれてサラも飛び出せ。
あとはラム・ダス、うまくやれよ。
じゃあ、解散だ!」