緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§185.好きにしやがれ

それほど大した仕掛けではない。

ミンチン・スクールの外壁と建物の周囲に油をまいておいた。正面玄関と裏口の周りは少なめにしてある。

定期的に避難訓練をしていれば、逃げられるはずだ。してないことは知っているが。

だから、お手並み拝見といこう。

 

風があり、肌寒い夜だった。人通りもない。好都合。

深夜、屋根裏部屋の窓から灯火の点滅を確認。

アンは2000フィートほど離れてから、スイッチを押す。

住宅街の一角が色づく。

10分ほどすると、かなり明るくなってきた。

周囲の家から人が出てくる。

やがてサイレンの音。消防車のお出ましだ。

 

アンもゆっくり動き出し、人混みのうしろから見物する。

ミンチン・スクールの玄関は開いており、すでに何人か脱出しているようだ。

スマートフォンが震えた。

ラム・ダスがサラと合流できたらしい。その地点へと向かう。

 

サラ「アン。ありがとう。あなたも、元気でいてね」

 

アン「しんみりお別れするつもりか?

この貸しは必ず返してもらう。そのうちバーラトへ旅行するから、豪邸へ泊めてくれ」

 

サラ「わかった。約束する」

 

アン「それから、バーラトでしか育たない小麦と酵母をふんだんに使った、美味しいパンが食べたいな。

それがどんなに素晴らしいものか、サラはアビグウェイトで学んだはずだ。

バーラト史上最高のパナデリアをつくれ。

その噂が聞こえてきたら、行ってやる」

 

サラ「必ず守るわ。他には?」

 

アン「あとは好きにしやがれ。

さ、もう行け。故郷へ着くまで、気を抜くんじゃないぞ」

 

サラ「着いてからが戦いだと思ってるわ。

じゃあ、おやすみ。そばかす!」

 

アン「ラム・ダス。プリンセスの護衛はまかせたからな。

ナマスカール!」

 

別れたあとアンは野次馬たちの群れへと戻る。

火の手は大きくなるばかりだ。

油にマグネシウムを混ぜておいた。この金属は燃焼中に水をかけられると可燃性のガスを発生させ、爆発を惹き起こす。

想定していた以上に効果が大きいみたいだが、消防士たちはますます水をかけるばかり。

どんな教育を受けてきたのやらとアンは呆れながら見守る。

 

一人の壮年男性が水浸しにした毛布で全身を包み、建物の中へ駆けこんでいった。

群衆が叫んでいるところによると、ロビン・マクレイという医師でミンチン・スクールの嘱託らしい。

なるほど。ここの娘たちをブロイラーに育てあげるため力を貸してきた連中の一味だな。

ついでに、人混みの最前列で泣き崩れている婆さんが、校長のマライア・ミンチンであることも知る。

教え子の大半がまだ中にいるというのに、自分は一目散に外へ出たわけか。

ご立派な教育者であられることよ。

 

ドクター・マクレイが出てきた。

毛布はまっくろに焼け焦げており、動かない少女をひとり抱きかかえている。

消防士が近寄りその子を受け取った。

歓声があがる。

誰かがマクレイに新しい水浸し毛布を差し出し、マクレイはそれを被ってまた飛びこんでいった。

消防士だけは「バカ!やめろ!」とか叫んでいたみたいであるが、一途に感動だけを求める群衆の熱気に掻き消されて聞こえない。

 

一周目と同じ時間が過ぎても出てこなかったところから察して、マクレイは中で少女たちと一緒に焼け死んだと思われる。

まちがいなく本人が望み選択した末路だ。だから悔いなど無かったと判断しよう。

そう考える以外に何ができる。

 

生徒たちのほとんどが、校舎内で焼死した。逃げられなかったのだ。

アンは不思議でならなかった。

家畜小舎が火事になって豚や鶏が柵や檻から出られぬままローストされたら、むしろ滑稽譚だろう。

なぜ人間が同じことをする。

 

飼われる側も想像くらいしておけ。

誰を喜ばせるつもりだったのか。

愚かであることのみを求められ、すくすくと脆弱自慢を磨いて生きてきたんだろう。生きていたっておまえたちは、外の世界でしたいことを何ひとつできやしなかったんだ。

次の人生、少しでもましにやる気があるのなら、リセットを早めてもらえたことを感謝するがいいさ。

どのみち知ったことじゃないが。

 

それにしても、マチルダがまだここにいて、他の誰かが破壊行為に及んだ場合だったらと考えると、心穏やかではおれない。

マクレイみたいなパフォーマンスはしないが、マチルダを救うためだけに自分だって飛びこみかねないとは思う。

それでもマチルダを助け出せなかったら、犯人を捜し出し、生かしちゃおかない。

 

そろそろ潮時じゃないか。マチルダを迎えに行こう。

冬の間、少しは体力もつけただろう。

もっともっと元気にしてやるんだ。

4年前よりもずっとチャーミングな相棒に、おれが戻してみせる。時間をかけて。

そう、これからはずっと一緒だ。マチルダ。

いつかバーラトへも連れて行ってやる。

サラと思い出話をしよう。

収容所惑星ミンチンから、おれたちは逃げてきた。あそこはひどいスクールだったぜ。

そんな物語を、面白おかしく、いつまでも。な。

 

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