それほど大した仕掛けではない。
ミンチン・スクールの外壁と建物の周囲に油をまいておいた。正面玄関と裏口の周りは少なめにしてある。
定期的に避難訓練をしていれば、逃げられるはずだ。してないことは知っているが。
だから、お手並み拝見といこう。
風があり、肌寒い夜だった。人通りもない。好都合。
深夜、屋根裏部屋の窓から灯火の点滅を確認。
アンは2000フィートほど離れてから、スイッチを押す。
住宅街の一角が色づく。
10分ほどすると、かなり明るくなってきた。
周囲の家から人が出てくる。
やがてサイレンの音。消防車のお出ましだ。
アンもゆっくり動き出し、人混みのうしろから見物する。
ミンチン・スクールの玄関は開いており、すでに何人か脱出しているようだ。
スマートフォンが震えた。
ラム・ダスがサラと合流できたらしい。その地点へと向かう。
サラ「アン。ありがとう。あなたも、元気でいてね」
アン「しんみりお別れするつもりか?
この貸しは必ず返してもらう。そのうちバーラトへ旅行するから、豪邸へ泊めてくれ」
サラ「わかった。約束する」
アン「それから、バーラトでしか育たない小麦と酵母をふんだんに使った、美味しいパンが食べたいな。
それがどんなに素晴らしいものか、サラはアビグウェイトで学んだはずだ。
バーラト史上最高のパナデリアをつくれ。
その噂が聞こえてきたら、行ってやる」
サラ「必ず守るわ。他には?」
アン「あとは好きにしやがれ。
さ、もう行け。故郷へ着くまで、気を抜くんじゃないぞ」
サラ「着いてからが戦いだと思ってるわ。
じゃあ、おやすみ。そばかす!」
アン「ラム・ダス。プリンセスの護衛はまかせたからな。
ナマスカール!」
別れたあとアンは野次馬たちの群れへと戻る。
火の手は大きくなるばかりだ。
油にマグネシウムを混ぜておいた。この金属は燃焼中に水をかけられると可燃性のガスを発生させ、爆発を惹き起こす。
想定していた以上に効果が大きいみたいだが、消防士たちはますます水をかけるばかり。
どんな教育を受けてきたのやらとアンは呆れながら見守る。
一人の壮年男性が水浸しにした毛布で全身を包み、建物の中へ駆けこんでいった。
群衆が叫んでいるところによると、ロビン・マクレイという医師でミンチン・スクールの嘱託らしい。
なるほど。ここの娘たちをブロイラーに育てあげるため力を貸してきた連中の一味だな。
ついでに、人混みの最前列で泣き崩れている婆さんが、校長のマライア・ミンチンであることも知る。
教え子の大半がまだ中にいるというのに、自分は一目散に外へ出たわけか。
ご立派な教育者であられることよ。
ドクター・マクレイが出てきた。
毛布はまっくろに焼け焦げており、動かない少女をひとり抱きかかえている。
消防士が近寄りその子を受け取った。
歓声があがる。
誰かがマクレイに新しい水浸し毛布を差し出し、マクレイはそれを被ってまた飛びこんでいった。
消防士だけは「バカ!やめろ!」とか叫んでいたみたいであるが、一途に感動だけを求める群衆の熱気に掻き消されて聞こえない。
一周目と同じ時間が過ぎても出てこなかったところから察して、マクレイは中で少女たちと一緒に焼け死んだと思われる。
まちがいなく本人が望み選択した末路だ。だから悔いなど無かったと判断しよう。
そう考える以外に何ができる。
生徒たちのほとんどが、校舎内で焼死した。逃げられなかったのだ。
アンは不思議でならなかった。
家畜小舎が火事になって豚や鶏が柵や檻から出られぬままローストされたら、むしろ滑稽譚だろう。
なぜ人間が同じことをする。
飼われる側も想像くらいしておけ。
誰を喜ばせるつもりだったのか。
愚かであることのみを求められ、すくすくと脆弱自慢を磨いて生きてきたんだろう。生きていたっておまえたちは、外の世界でしたいことを何ひとつできやしなかったんだ。
次の人生、少しでもましにやる気があるのなら、リセットを早めてもらえたことを感謝するがいいさ。
どのみち知ったことじゃないが。
それにしても、マチルダがまだここにいて、他の誰かが破壊行為に及んだ場合だったらと考えると、心穏やかではおれない。
マクレイみたいなパフォーマンスはしないが、マチルダを救うためだけに自分だって飛びこみかねないとは思う。
それでもマチルダを助け出せなかったら、犯人を捜し出し、生かしちゃおかない。
そろそろ潮時じゃないか。マチルダを迎えに行こう。
冬の間、少しは体力もつけただろう。
もっともっと元気にしてやるんだ。
4年前よりもずっとチャーミングな相棒に、おれが戻してみせる。時間をかけて。
そう、これからはずっと一緒だ。マチルダ。
いつかバーラトへも連れて行ってやる。
サラと思い出話をしよう。
収容所惑星ミンチンから、おれたちは逃げてきた。あそこはひどいスクールだったぜ。
そんな物語を、面白おかしく、いつまでも。な。