クリフトンのキリスト教教会が、白昼、銃撃された。
警察が回収した弾丸は特殊な仕様で、スピードとパワーに劣る反面、発砲音を劇的に抑えられる。開発元はロシアと推定される。極東の国だ。
蛮族の魔の手がついにアビグウェイトまで、とメディアは連日識者を招いて恐怖を煽る。
西を向けばお隣さんなのだがな。
それに、宗派は様々でもロシア人だって歴史あるキリスト教圏の一員であるぞ。
いやいやそんなこと言ってたら貴重な飯の種なのに盛り上がらないじゃないか。
そうかい、失礼したね。
4人の娘が犠牲になった。
いずれも当日拉致され、ふたりは町はずれの廃屋で2週間後に発見。遺体はネズミに食い散らかされており、検死医を大いに悩ませたという。残る2人は行方知れず。
テロリストからは要求も声明も無く、何が目的だったかも判然としない。
おそろしい時代だ。だからこそ信頼できる警備会社を選びましょうとコマーシャル。
テレビは常に前向きだね。
ルーシー・アイルズバロウ「クリフトン教会を襲った犯人をつきとめ、殺してほしいという依頼がきていてね」
アン「へーえ」
ルーシー「どう思う?」
アン「おれたちに探偵までやらせるってことは、捜査がまったく進んでいなくてお手上げなんだろうねえ」
ルーシー「大口だから、報酬もデカいよ。
さて、どう始末しちゃおうかなあ」
アン「断るテは無いね。ぼくたちはデキる子なんだって見せつけて、次へつなげたいよね」
ルーシー「誰の仕業にすると説得力があるだろう」
アン「大掛かりな武器の密輸まで手がけるシンジケートのボスがいて、そいつは沿海州全域で多発しているテロ行為の多くに関与している。政財界の半分は彼とお友達なんじゃないかな。
蜘蛛の巣の真ん中でただ座っていて、警備会社の営業マンに、次はこの辺で売り込みをかけろと指示するだけ。ボロ儲け。
決して捕まらず、疑われることすらない。
そうだねえ。エドワード・デイヴィス・モリアーティ・ジュニア氏なんて、ぴったりのキャスティングじゃないかと思うんだけど」
ルーシー「モリアーティか。
あの爺さん、才能も無いのに役者気取りが昔からしつこくて、怪奇映画のモンスター役とか噂で聞きつけると必ずオーディションを受けに行くんだよね。知ってた?」
アン「ますますぴったりだ。夢を叶えてあげようよ。
世紀の大悪党として華々しく最期を飾るのさ。
役者冥利に尽きることだろうて」
ルーシー「うまく誘いに乗せれば、ホイホイ出てきてくれそうな気がする。
大型カメラとスタッフをクリフトンへ集めて、これは撮影なんだよと念を押してギャラリーたちの前で迫真の自白を堂々と語らせ、依頼人自身の手でとどめを刺させてあげようか。
うん、いけるね。いけそうだ。実にいい」
アン「野次馬たちにも、これは撮影ですからと言っておけば、通報もされないし。公開を待ちわびながら、どうせすぐ忘れちゃうでしょ」
ルーシー「そうね。私たちが平然としてさえいればいいの。これに限らず何事も、だけどね」
アン「ところでモリアーティが犯罪界の総元締めだって伝説は、今ここで自然に生まれた虚構だとおれたちだけは知っているわけですけど。こんな風に歴史を改竄していくって手口は、割とよくあることなの?」
ルーシー「あらあら。むしろあなたが真実を語れるというのなら聴かせてちょうだい。
たとえアンが真犯人だったとしても、いったいどうすれば、それを立証できるのかしら」
アン「なるほど。無理ですね。たかが16の小娘に、あんな大それた事件が起こせるはずもないし」
ルーシー「そうよ。平然としていなさい」
アン「タイムマシンが発明されない限り、人類は誰しもが好きな神話を信じてりゃいいんだ。
おれたちって、幸せな時代に生きているんですね」
ルーシー「タイムマシンを発明した誰かとその一味は、ただちに歴史を自分たちのいいように塗り替えていくわ。
ますます取り返しのつかない世界になっていくことだけは間違いないでしょうね。
そんな未来の戦争を、見てみたい気もちょっとあるけど」
アン「マチルダは、想像力だけでタイムトラヴェルできる能力を持っていたんです。
決して歴史には干渉しない。
まったく、天使そのものでした。
過去へしか行けないと思ってたけど、きっと未来も見えていたんだな。だから飛んだんだ。
……ちくしょう、ひとりだけ先へ行きやがって」
ルーシー「追いかけたいと、思う?」
アン「いつかは追いつきますよ。
つかまえて、今度こそ離しません。
ただね、それだけってのも癪じゃないですか。
おれは、マチルダだけがいなくなった世界で、毎日笑って、面白おかしく生きてやろうって決めたんです。
これからたっぷりそんな人生過ごしてね。マチルダに来る日も来る日も聞かせ続けてやる。
それが、あいつへの復讐です」
ルーシー「かわいそうに。マチルダ、きっと震えあがっているわよ」
アン「それどころか、今頃おばあちゃんや大先輩たちと楽しく語らっているところでしょうよ。
おれのことなんて忘れてたりして。
ああ、むかつくなあ!」