緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§188.奇跡の人

料金を払い、橋を渡る。

みちづれ二人に、近況を報告中。

 

アン「マシュウにトロンボーンをプレゼントしたら、喜んで毎日吹いてるってよ。

あれ、肺活量が鍛えられるんだな。心臓も丈夫になって、まだまだ長生きできるってスタンレーブリッジの医者から褒められたんだってさ」

 

ダイアナ「得意な楽器をひとつ持っておくと、男はかっこよく見えるものね。ギルは、ギターが弾けるし」

 

ギルバート「トロンボーンに伴奏できる曲ってあるのかなあ。あとで探してみよう」

 

アン「マリラは視力が弱くなってきてたんだけど、最近は少し回復してきたんだ。それが嬉しいらしくて、おれの顔を引き寄せて、まじまじと見つめるのが以前よりしつこい。

おかげで、整形するって話をまだ切り出せなくてさ。悩ましいとこ」

 

ダイアナ「そのぶん、やるときは徹底的に変えちゃうつもりでしょ?

ギル、アンがスーパーモデルになっちゃう前にしっかりハートを掴んでおくのよ」

 

ギルバート「そんなこと無理ですよ。

僕はただ追いかけていられればいいんです。今日も、こうして運転手をさせてもらえてるだけで、幸せです」

 

アン「安上がりな男だ。

ところで、ヘレンにも会ってきたんだけど、あいつはやっぱり鋭いなあ。

おれの不安を見透かすんだよ。

説教された。奇跡の人よ、ふがいないぞって」

 

ダイアナ「奇跡の人?」

 

アン「ヘレンはおれのことを、ずっとミラクル・ワーカーと呼んでるんだ。

とつぜん降臨した、異星の客みたいなやつだと。

だからいつまでも強く禍々しいモンスターでいなきゃダメだぞってさ。

まったく、人をなんだと

 

ロータリーを回りこんで106号線へ入り、目的地へ着いた。モンクトンの裁判所だ。

クイーンズ・カレッジの学生2人と助手ひとりが、入館簿に記名し、書庫へ案内してもらう。

今日はここで、研究中の事件について調査するために来た。

 

近代国家において裁判は公開が原則であり、法廷での舌戦も細大に記録され判例集として後世に遺される。

そうはいっても、市民たちの生々しいプライヴァシーが満載だ。誰でも来て自由に持ち出してよい史料ではない。

そこで厳格な身元保証が必要とされる道理だが、地方大学とはいえ優等生が二人も教授連の推薦状を持ってやって来たのだから、拒まれる根拠も無かった。

3人はさっそく、ニューブランズウィック州の児童犯罪についてデータベースを検索し、一件ずつ開示請求を書いて出す。

ダイアナとギルは黙々と数をこなし、ノートにメモをとっていく。助手のアンゾネッタ・カスバートは控え目に申請して1件ずつを丹念に読みこんでいる。

学生たちがあまりにも真剣だったので、職員も邪推は控え、静粛にリクエストをこなした。

それでいい。学問する場は、聖域だ。

 

10年前、ひとりの女が逮捕された。

高級住宅街の路地裏で微笑みながら佇んでいたのを、怪しいと感じた警察官が保護したのだ。

女は抵抗しなかったが、どこか凄みのあるプロの匂いがしたと警察署職員たちの証言がある。

ほどなく、その住宅街から盗難の被害届けが出された。

子猿のような生き物が邸内へ忍びこみ、金目のものを奪って逃げたらしい。

関連性ありと睨んだ刑事が、女をじっくりと尋問した。

 

はじめの数日は殊勝にしていた彼女だが、ねちっこいプロの誘導にとうとう音を上げ、正体を現す。

調書では彼女の持っていた名前がいくつも登場するが、便宜上、以下アミーリャ・セドレで統一する。

ピンカトン孤児院の記録から辿ると推定30歳。ピンカトンが廃業してからは住所不定のまま、盗みで食いつないでいたようだ。

 

その孤児院は、いわくつきの物件だった。

院長はバーバラ・ピンカトン。生前は優雅な貴婦人と思われており、子供たちを元気溌剌に育てていると近所からも称讃されていたのだ。

事実、院の子供たちは揉め事を起こさなかった。

起こしていたのは大人ばかりだ。

それがそもそもおかしいと気付いてあげるべきだった。

雇われ職員たちはたいてい奇妙な精神錯乱を起こして辞めるか消えるかしている。院長だけは静かに次を募集するのだ。そんな経営が続けられていた。

しまいにはバーバラも発狂して悲惨な死を迎えるのだが、この時点でもまだ世間はセンチメンタルに捉えていた。

 

ピンカトンの解体が決まると、子供たちは里親が見つかれば引き取られ、見つからなければ各地の孤児院に振り分けられた。

役人たちが書類仕事に追われる背後で、アミーリャと相棒は忽然と行方をくらませた。

 

数年後には、ピンカトン出身の子供たちが凶悪な本性をいろいろ覗かせるようになった。

そこからやっと、バーバラがどれだけかれらに支配されていたのかという恐怖譚が紡がれるようになっていくのだが、厳密には都市伝説である。

ただ、30歳になっていたアミーリャ・セドレの公判で、警察と検察はピンカトンの闇を、毎回時間の許す限り長広舌した。法廷は興奮で沸き返り、傍聴席はプレミアチケットとなった。

アミーリャの美しさが悪趣味な男たちに妄想の種を撒きすぎたのだという説もある。いずれにせよ、もはや今更、真相を論じる意味は無い。

彼女は魔女として生贄にされた。その条件が整いすぎていたことが、悲劇だったのだ。

 

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