男「カスバートさん、ですね?シェパードです。ジェイムズ・シェパード。
どうぞ。お待ちしていました」
子供、椅子を動かす。
カスバート氏は追いつめられた殺人犯のような表情を浮かべ、びくびくしながらテーブルへにじり寄ってきた。座る。
シェパード「この子が、アンです。アン・シャーリー。
さあ、ご挨拶なさい」
アン「はじめまして!アン・シャーリーと申します。カスバートさん、お会いできてうれしいです」
カスバート「え?ああ……そのう……え?まさか、いや、その……いや、そんなはずでは……なにせ……」
シェパード「緊張なさらず。もう家族同然だ、なんてことではありません。
なじんでいくには時間もかかるし、いろんな行き違いも発生するでしょう。どんな些細なトラブルでも、ご相談ください。私どもは精一杯のフォローをさせていただきます」
カスバート「いや、そのう……申し上げにくいことなんだが……」
シェパード「おや?カスバートさん。
もしかしてですが、アンを連れて帰ることを、今この場でキャンセルしたいと考えておられますか?」
アン、これみよがしに悲しそうな表情を浮かべ、カスバート氏を凝視する。
カスバート氏、たじろぐ。膝の上で両拳を握りしめ、目を固く瞑って、うなだれる。
シェパード「ご家族、または、有力なご親戚筋が強く反対されている……のでしょうか?
よく起きることです。むしろ誰ひとり反対者がいないスタート状況なんてありえませんから。
ただ前回までのやりとりがとても順調で好意的に進んでいたものですから、私もいささか戸惑っているんです。よければ打ち明けていただけませんか。
私だってそれなりの経験を積んでいますから、カスバートさんの名誉を守りつつ、穏便な解決策を思いつけるかもしれませんよ」
カスバート氏の両目がカッと開かれた。まるで救世主を見つけたかのような、期待のまなざしをシェパードへ向ける。なにかを叫びだしそうな雰囲気であるが、想定外の展開すぎて言葉が出てこないのだろう。
シェパード、ひと息おいて、優しそうな微笑をアンへ向ける。
シェパード「アン。今から30分くらい、ちょっとお外を散歩してきてもらえるかな。
風の匂いや草花の香り。ここで暮らすならどんなことをして遊ぼうか。など色々想像してきて、あとでカスバートさんと僕に教えてほしい。それで君がどんな子なのか、カスバートさんにもよくわかってもらえるだろう」
アン、元気よく椅子から立ち上がる。
「わかりました!シェパードさん。あたし、おもしろいもの、いっぱい、みつけてくるね。時計どこにもなさそうだから、30分たったらよんでください!
カスバートさん!シェパードさんはとってもいい人だから、なんでも相談するといいよ。それじゃ、いってきます!」
アンは外へ駆けていった。
元気そうな女の子だ。その姿が見えなくなってから、男ふたりは密談を開始する。
30分もかからなかった。
マシュウ・カスバートはきわめてプロファイリングしやすい人物だったので、ジェイムズ・シェパードは容易に彼の心を掴み、人形を操るかのごとく対話をリードしたのだ。おかげで後日、調べに来る手間が省けた。
マシュウには妹がいて、農地に囲まれた一軒家に、現在は二人で住んでいる。
10年ほど前に父親が亡くなったが、厳しい人だったようで、兄妹とも気付いたら婚期を逃していた。
この家を誰に継がせるかという問題が頻りに浮上するが、長年しみついた生活習慣はもはや変えようがなく、実子は無理なのでどこかから養子を迎えようかというのが現実的な解答だった。
後継者不足で悩んでいるのはカスバート家だけでもなく、アルバリー全体でしばしば話題にのぼる。村内で融通しあうのが限界に達したため、昨年末あたりから里親募集の広告を集めてくる者が出始めた。
この段階では妹のマリラ・カスバートの方が積極的であったが、ある日マシュウがスペンサー邸で慣れないインターネットをいじらせてもらっているうち、シェパード商会のサイトへ辿りつき、つい本契約まで進めてしまう。
同社からの郵送物が少しずつ増えてきて、5月、とうとう妹にばれた。
マリラは物心ついてからずっとカスバート邸の家事を切り盛りしてきたし、母親が亡くなってからは絶対君主であった。だから養子を迎えるにしてもまずは兄の農作業を手伝える壮健な男子でなくてはならず、その子に嫁がせる娘も自分の眼鏡にかなう、献身的で無欲かつ従順な田舎娘でなくてはならない。という信念を、口に出すまでもなく当然であり尊重されるべき大前提であると考えていたのだ。
そんな妹の待つ家へ、60年間浮いた話ひとつ持たぬ兄が、かわいさだけで選んだ少女を連れて帰り、これから一緒に暮らすなんて。
さすがにジェイムズ・シェパードも頭を抱えた。
これほどの難問は、人生初体験だ。