学校は9月の第一月曜日に始まる。連邦ではどこでも同じだ。
ただアルバリーには特有の注意事項がいろいろある。
教育省管轄の初等学校はホワイトサンズとアルバリーの中間あたりに建てられていて、アルバリー村の子供たちは基本、ここへ通う。
ホワイトサンズには公立校がもうひとつあるのだが、アルバリー村民と机を並べさせたくない親は子供をそちらへ通わせたがる傾向が強い。役人も政治家も世論を尊重するから、へたに刺激はしない。
予算はより人材価値の高い方へと振り分ける。
こんな感じで、アルバリー小学校は代々、カス扱いされてきた。
格差が大きくなると、慈善事業家が注目し始める。
貧しい町や村では、教会勢力が学校業務を請け負うようになる。ウチならこの予算内で運営できますよ!と営業されれば州政府は大喜びで議案をつくり採決する。
なぜ大胆なコストカットが可能か。
牧師の人件費は、公務員の最低基準よりずっと安くてすむからである。
実際のところ牧師未満の修行僧あるいは資格剥奪者が、半ば懲罰として送りこまれる流刑地と化すことも不思議ではない。
こんな先生が教える授業なら、枝葉末節まで聖書の真髄がゆきわたるのも当然だ。アルバリーがプレスビテリアンの一大拠点として発展するのにも、ちゃんとした理由があったというわけである。
教室はふたつ。低学年と高学年。
中間年齢である10歳を目安に仕分けされるが、適切でないと見做されれば上げられることも下げられることもある。
アンは事前にペーパーテストを受け、高学年クラスへ編入された。ダイアナは「当然でしょ」と驚きもしなかった。
アンにとっても問題自体は手ぬるかったのだが、心配事は別のところにある。
試験中も何度か体を揺らしたりほぐしたりするのを注意されたのだが、椅子に座りっぱなしという姿勢を何十分も強いられることが苦痛でならない。日曜学校では幼児も多かったし、そこまで厳しく叱られなかった。これからは何十人もの同級生に囲まれて、ずっとこれをするのか。たまらなく厭だ。
ダイアナは、サボればいいと気軽に言うが、マリラはゆるさないと思う。
ヤだなあ。ヤだなあ。ヤだなあ。アンは、人生初体験となる恐怖に身構える。
そして迎える新学期。初日は無駄くさいレクリエーションをだらだら聞いてるうちに終った。
2日目から、授業らしくなってくる。英文法・英会話・英詩読解・ラテン語・幾何代数・化学・歴史など。この中で化学以外はミスター・フィリップスというじいさんが先生なのだが、これがまた他人を苛立たせることにかけて天才級の逸材で、アンは大いに苦しんだ。
ただ腹心の友ダイアナに対してさえ、自分が彼のどこをどう嫌いなのかうまく言語化できず、とりとめのない愚痴を吐いてはみるものの、共感を得られないことに深く失望する。
たとえ彼を今すぐ殴り殺してもスッキリはしないことが明らかなので、まだしばらく耐えることにした。苦痛は増した。
補助的な解説を施すとしたら、フィリップスはアンにとって、これまで直接対峙する必要の無かったタイプの人種だったのだ。
尊大で、子供はすべて文明化されていないサルの群れだと徹底的に見くだしている。ついでに女は成長しても永遠に人間未満だと信じている。これは聖書にも記されている通りなので世の男性諸君にとっては常識であり教養の一部ですらあったりするのだが、それを教師の立場で女生徒に対し頭ごなしに浴びせかける絶対権力者というのはさすがに想像すらしたことがなくて、アンは呆然とした。
標的にされ、叱られる女子はたいてい、号泣する。先生に対してひたすら謝罪し、赦しを請う。
その子のおかげで教室中の残り全員が安堵する。
ダイアナもまた、慣れてしまっており、自分はフィリップスに咎められる隙など与えないという自信もあってか、冷静に無視をする。これも社会勉強のうちだよ、とまで言う。
アンにはそれらすべてがゆるしがたくてたまらなかったのだ。だがしかし、どうすればいい?
物理的にフィリップスを殺すことは容易い。今すぐにでもやりたい。が、しかしそれではアン自身すら救われない。モヤモヤがのこる。
全生徒にとっても後味が悪いだろう。なにより、こいつを、苦しめずにおられるか。フィリップスには、バイオテクノロジーが可能とする限界まで余命を与え、その全期間を屈辱と反省に満たし尽くさせねばならんやろ。そのためにはどうするかだ。
これは難問だ。アンは何日も考えた。
まさしく、初めて挑戦する試練だった。
出口は、どっちだ。