性格分析に基づくならば、アンは、フィリップスにとって、是非とも一度いじめておきたい標的であっただろう。
ブタ顔の醜い小娘だ。ヒンヒン嘶かせれば名場面になるはず。フェイスハガーを使うまでもない。頭がよさそうなのも鼻につく。いつも反抗的な目で俺をにらむ。クソ生意気でたまらん。
そのうち、こってりお仕置きをしてやるからな。
ちなみに、ダイアナ・バーリーに対してはどうかというと、フィリップスが陵辱したい対象には入ってなかっただろうと思われる。ドビンズ先輩の好みっぽいから迂闊に手を出して恨まれると困る、というような。おじさん同士は、いつもこんな駆け引きをしがちなものだそうだよ。
フィリップスに誤算があったとすれば、いずれそのうちと油断していたことだ。
もっともアンがずっと隙を窺っていたことを察知するほどの注意力が備わっていれば、むしろ彼女から一目置かれていただろう。だから、為るべくして為った結果だともいえる。
その日、フィリップスは朝から機嫌が悪そうだった。
授業中ひそひそ話をしていた女子にくってかかる。特に目をつけられていた片方の娘は泣いて謝っても赦してもらえず、帽子掛けの刑に処された。
壁に打ちつけられた釘に、髪の毛を結わえ、爪先でぎりぎり立てる高さのまま放置する罰だ。
声を押し殺して痛がる少女を無視して、フィリップスは怒りながら説教を再開した。
ここで、アンがつぶやく。
「外道」
フィリップスは、アンを睨みつけた。
「あの高さに、おまえも吊るされたいか?」
教室中が息を呑んだ。
アン、ふてぶてしい目つきのまま、腕組みをする。
フィリップスがゆっくりと歩み寄る。そして、アンに、渾身の平手打ちをかませようとした。
フィリップスの掌は、空を切った。
その指に、アンは裁縫針を突き刺す。ひるむフィリップス。
続けざま、足に蹴りをぶちこむ。よろめいた。
アン、廊下際まで走り抜ける。手近の女子に「あの子を下ろしてあげて」と囁いたあと、フィリップスへ向けて言う。
「ジジイ。ここで騒ぐと隣に迷惑だ。表へ出ろよ。サシで勝負だ」
フィリップスの怒りは沸騰していた。アンを追いかけていく。白漆喰の壁伝いに、校舎裏の林へ。
この道順なら、ドビンズの介入は発生しない。
フィリップスにそこまで考える余裕はあっただろうか。
目の前に立つアンが、他に武器を持っていないか探るので精一杯か。見たところ丸腰だが、ポケットにまだ針を隠し持っているかもしれない。それにさえ気をつければ、圧倒的な体格差でこの小娘を叩きのめすのは造作もない。
容赦なくいかせてもらうぞ、チビ豚。
アンはフィリップスに一指も触れさせることなく、赤土の上に膝をつかせた。
間髪いれず、背中に蹴りを見舞う。
ちょうど、教室からも生徒が駆けつけてきた。アンは一番背の高い少年に「押さえててくれ」と介添えを頼み、フィリップスの両手親指同士を腰のうしろで縛りあげる。
続いて鼻にチョークを挿しこみ息苦しくさせたところで小石を頬張らせ、ハンカチできつく猿轡。
立ち上がり、首の後ろを足で踏みつける。
いかにフィリップスがもがこうと、この態勢から起き上がることなどできない。
「われ、つねに主をほめまつる。その讃美はわが口に絶えることあらず」
アンは祈りを捧げた。うめく獣ひとつ除いて、広場は静寂に包まれた。
「わが魂は主によりて誇らん。へりくだる者はこれを聴きて悦ばん」
友のひとりが、アンに鞭を手渡した。アンは獣の尻を撲った。
「われ、主を尋ねたれば主われにこたえ、もろもろのおそれよりたすけだしたまえり」
鞭の音が梢の先に響き渡る。
「かれら主を仰ぎのぞみて光を被れり。かれらの顔は恥じ紅らむことなし」
獣の服は破れ、赤いものが覗き始めた。信徒たちはそれを目に焼き付け、主をほめたたえた。
「この苦しむ者叫びたれば主これを聴き、そのすべてのなやみよりすくいだしたまえり」
もはや、獣は叫べなかった。意識を失っていた。聖水が浴びせられ、なおも鞭がふるわれた。
「なんじ、主のめぐみふかきをあじわいしれ。主に寄り頼む者はさいわいなり」
これでもまだ詩篇の導入口だ。チャイムが鳴っているようだが、休憩などしていられない。勉強熱心な子供たちは、生きた教えを夢中で学ぶ。
「主はすべての骨をまもりたもう。そのひとつだに、折らるることなし」
仮に何本か折れていようが、聖書の教えに従うならば、折れてないのだ。ましてや男の肋骨がほんとに一本欠けているかどうか確かめようなどと考えたりしてはいけない。
「主はしもべらのたましいをあがないたまう。主によりたのむものはひとりだにつみなわるることなからん」
この世のすべては主が初めから決定済みのこと。獣が生きるも死ぬも、主の御心しだいだ。むしろ人間がそれに手を加えてはいけない。ほっておけ。