ミス・ジェニファー・トランチブル。
低学年クラスを受け持つ。齢は20代後半。華奢で、精神的にも弱そう。
なにをやらかしてこんな流刑地に、とも思うが二大ゲス男に挟まれてクッション役を演じるには、こんなタイプがちょうどいいのかもしれない。
ただ本人の浴びるストレスはいかほどであろう。
アンがフィリップスに与えた苦しみよりも、ずっとずっとはるかにキツいんじゃないかね。
アンは、低学年クラスをさりげなく訪れるようにした。チェイサーを捜すためだ。
授業中でも休憩時間でも区別なく騒がしい。
トランチブルは職員室へ戻らないで、始業から終業までずっと自分の教室にいる。子供たちから目を離せないのもわかるが、この環境が一番落ちつくようだ、とも感じとれる。
アンは自身の体験をベースにプロファイリングする。
孤児院暮らしを一日でも経験すると、ガキが心底嫌いになる。ひとりがいちばんおちつく性格が醸成される。
ミス・トランチブルは真逆だ。
てことは、ひとりっ子か。それでいて、自尊心が低い?
かわいがられて育ってないのか。
顔はそこそこ美人だし、いいカラダしてる。質素な生活にかなり耐性がある。でも本人はそれを不幸と感じていない。……何者だ、こいつ。
アンは彼女にも興味を抱いた。そこで、ドビンズが高学年クラスを自習にしたがるのをいいことに、しばしば低学年クラスへ遊びに行って、ガキ共の世話を手伝ってやりながら、ミス・ジェニファーと仲良くした。
本命であるチェイサーは、アンの前では気配を殺し、ワームの群れに紛れこんでみせた。なかなかの手練れだ。
ここまでのステルス能力は、おれには無い。
やれやれ。ジェニファーは隠しごとができなさそうな性格なので、チェイサーとグルってことはないだろう。だと、どんな話題を切り出せばヒントをもらえるだろうか……?
定点観測を続けたおかげで、アンにはやっと、捜している相手の目星がついた。
先生には決して迷惑をかけない。同世代のおともだちがほとんどいない。そして、アンと視線が合うことを巧妙なタイミングで回避してみせる少女がひとり、いたのだ。
低学年の下校時刻がくると、その子もそそくさと帰っていく。
門を出るところまで見届けた。
では、ミス・ジェニファーに、彼女のことを窺おう。
ジェニファー「マチルダのことかしら?
そうね、あなたと似たところ、あるかも。
今年6歳になるの。だから1年生。
初日から、他の子と違うなって感じてたわ。授業中は窓の外をぼーっと眺めているのに、分数をスラスラ解いたり、詩を朗唱させると素敵なリメリックですねとかコメントをつけるし。
もっといい学校へ行くべきだわ、とご自宅へ押しかけたりもしちゃったんだけど……なかなか厳しい御家庭でね。お金は持ってるんだけど、女に学問は不要だ、ってすごい剣幕で怒鳴られちゃった。
賢すぎるマチルダを気味悪がっていて、もっと土臭い子供たちと遊ばせなくちゃならないということで、こっちの学校へ入れさせたみたいなの。お兄さんはホワイトサンズの小学校へ通ってるんだけどね……」
ミス・ジェニファーは、マチルダの家庭環境を理解し、かつ、本人の意思を最大限に尊重するという教育方針を定めた。そこで、授業は退屈だろうから自由に本を読んでてよいことにし、図書館からマチルダが欲しがるジャンルを次々借りてくることがジェニファーの日課となった。
アン「……え、毎日?」
ジェニファー「そうよ。10冊まで借りられるんだけど、最近はページ数の多い本もリクエストされるから、肩こっちゃって。ねえ知ってる?昔の本て、すごく重量があるの。紙質が重いのね。ええと、コレコレ。今日、これを返してきて、代わりに借りてきてって言われてるのが、コレ」
メモを見せられた。さっぱりわからん。
数字と記号が付いているが、図書館ではこれを頼りに本の場所を探すそうだ。へえ。
どこらへんにある建物ですか?
帰りに寄ってみた。これが図書館か。人生初体験だ。
なんか……威圧感が、パネえ。
上の棚は、アンが3人肩車すればやっと手が届きそうなほどの高さ。児童書エリアはそんなこともないが……と歩き回っていたら、マチルダを見つけた。
大きな本を机に広げて、真剣にページをめくっている。
しばらく眺めていた。アンの気配にまったく気付かないようだ。ますます謎めいてきた。何者なんだ、こいつは。
午後5時のチャイムが鳴った。
マチルダは急に顔を上げ、向かいのカウンターの、受付のおばさんに手を振る。
本をそのままにして、椅子からとび上がり、バッグをつかんで帰ろうとして……
アンと目が合った瞬間、ゴブリンのように顔を歪ませた。