「バスに乗りおくれちゃうの!ごめんなさい」
マチルダはアンの脇を駆け抜け、光よりも速く消えていった。
アンは、ともだちになりたかっただけなのにな、と忸怩たる思いにとらわれる。
自分ならストーカーとなんて絶対につきあわない。だって、きもちわるいじゃないか。なのに、まんまと、やっちまった。
この失点は大きいな。
職員のおばさんがマチルダの広げていた本を片付けにやってきた。その傍で立ち尽くしていたアンに、声をかける。
フェルプス「あの子のおともだち?ずいぶん驚いているわね。
マチルダはいつも時間に追われているの。だからなかなか遊べないと思うけど、なかよくしてあげてね」
敵意がまったく感じられなくて、アンの方こそ驚いた。
ミセス・フェルプスに、マチルダが読んでいた本を見せてもらう。辞書だった。いろんなことばがアルファベット順に並んでいて、小さな字でぎっしり説明されている。
魔導士が不老不死の力を手に入れるために繙くような本だ。
彼女はいつもここで、バスに乗る時間ぎりぎりまで調べごとをしているんですか?
フェルプス「そうね。学校が終わるとすぐ。もうすぐ先生が見えられると思うけど、本は先生に借りてきてもらうの。おうちへは持って帰れないから、しょうがないわよね」
相関図が、つながってきた。
マチルダの親は、超ド級のスカポンタンらしい。破格の才能を持つ娘の将来を踏み潰すことにとことん熱心だ。そして、そんなマチルダをなんとか助けてあげたいと思う人たちが手をさしのべている。
アンはその仲間に加わりたいと考えた。
そこで、ミス・ジェニファーからここへ来ることを薦められたのだと説明し、自分もそれなりに本を読んできたつもりだがマチルダにはかないっこない、などと話して時間をつないだ。
薄暗くなりかけた頃、ミス・ジェニファー来館。
アンはじっくり語らいたく思っていたが、おうちの人が心配してるわよと指摘され、日をあらためることにした。
ちなみに図書館はホワイトサンズ地区の電気が割り当てられているので、夜7時まで開いている。
ミス・ジェニファーの住まいはアルバリー村内なので暗くなる前に帰宅せねばならない。そんなわけで結構みんな、時間に追われていたのだ。
それにしてもダントツで幼いマチルダがいちばん時間に余裕がないという事実は枉げられなかった。
マチルダの姓はウォームウッドという。アンはその単語に聞き覚えがあった。マシュウの口から出たことがあると記憶する。そこで、帰宅後に尋ねてみた。
ウォームウッドといえば、ホワイトサンズやスタンレーブリッジに店を構える、この地域では圧倒的な勝ち組として君臨する中古自動車販売業者である。
マシュウやマリラの車もウォームウッドから買ったものだし、調子が悪くなれば見せに行く。行くと必ずオイル交換などさせられて支出も嵩むが、店主の機嫌を損ねると修理費などふっかけられるので、ほどほどにつきあっているよということだ。
アンはさりげなく、店の雰囲気なども聞き出した。
血気盛んな若者たちがシゴかれながら働いてる。ガラも悪いが活気はある。商売敵が乗りこんでくると抗争が勃発するが、たいていウォームウッドが勝つ。だから絶対王者なのだと。
翌日、少し気まずさを感じたものの低学年クラスへの訪問はした。
ミス・ジェニファーに、日曜日お暇ならつきあってもらえませんか、と軽く誘いをかけてみたが断られる。
マチルダは席に座っていたが目を合わせてくれなかった。
刺激しないよう、引き下がる。
高学年クラスへ戻り、車に興味もってるやついないかな、と軽く話題を振ってみた。
面白いネタを聞いた。連邦法では16歳から自動車免許を取得可能になるが、アルバリーの家々では子供の足がペダルに届くようになった頃から家族の車を運転させ、配達や送迎など手伝わせるのがあたりまえらしい。
村外ではパトカーに捕まるおそれがあるのでなるべく出させないが、本人が出たがりそうだったら追跡車の撒き方まで教えこんでおくという。
クラスで一番背の高い、あいつなら乗れるかな?とダイアナに訊いてみた。
乗れるでしょ、という。
ただ彼は心の病気を抱えているから運転をしたがらないのじゃないかとも言う。へえ、そうなの。
ダイアナ「ギルバートは頭がすごくよかったので、2年前、ハリファクスの寄宿学校へ転入したの。
そこで自信喪失して、1年足らずで退学して、自宅で引きこもってたのね。
で、今年から小学校に復学したんだけど……ほら、今も背中が淋しそうでしょう」
そうかね。フィリップスの頭を押さえつけてくれたときの彼は、おれにはとても頼もしく見えてたんだがねえ。