図書館前のバス停から、ホワイトサンズを一周してくる。
ウォームウッド・モーターズはド派手な看板をあちこちに掲げていた。
午後5時前、図書館ひとつ手前の停車場で降り、ゆっくり歩いて入館する。マチルダはちょうど帰ったあとだった。
本をお薦めしてもらいながら、ミセス・フェルプスと言葉を交わす。
フェルプス「マチルダをこわがらせちゃったのね。それで謎が解けたわ。
今日はやけにソワソワ、キョロキョロしていて、おちつきがなかったもの。
あの子はいろんなものにおびえているの。だから、しばらく、そっとしておくのが正解ね。あなたが無害だと思えるようになったら、きっと彼女の方から手を振ってくれるようになるはずよ」
アンにもそんな時代があった。小動物特有の、過剰な警戒心。
ミセス・フェルプスがマチルダと仲良くなるまでも、それなりの時間がかかったのだろうか。
ところでアンはせっかくだから本を借りていきたかったのだが、身分証明書がないと貸出カードを申請できないようなので、いったんあきらめる。
身分証ねえ。どうやったらつくれるんだ?そんなもの。
ミス・ジェニファーは今日も夕暮れ近くに駆けこんだ。学校の雑務に追われ、事務員よりも遅くまで働いているらしい。安息日だって自分のために使っちゃいないのではないか。まったくけしからん。新しい先生もなかなか来ないしな。教育省でも教団でもいいが、いったい何をやってるんだ。アンは憤った。
教育省は事態を把握すらしていなかったのだが、教団は動いていた。
学校付の牧師が半殺しの目に遭ったのだから、大騒ぎだ。しかも格別に信仰厚いとされる村で。
フィリップスの入院先へは審問官が派遣され、警察が手を引いてからは面会謝絶を徹底して、尋問が繰り返された。
犠牲者に詩篇を聴かせると、異常な興奮を示すことがわかる。悪魔のしわざにしては妙だ。敵は同じキリスト教の、異端派かもしれない。
カトリックか。エイジャの武装グループか。
監視を強化せよ。信徒を告発する裏切者をのさばらせてなるものか。
そんな議論が白熱していた。
そのため、後任の教師も、悪に決して屈しない力強き光の戦士でなければならぬと叫ばれ、選考に時間がかかっていたのだ。決して遊んでいるわけではなかった。
黒衣の男「なにをやらかしたんだ?
州都では、アルバリーに殺人鬼が住みついたと評判になっているよ。あまり目立ったことはしないでくれ」
アン「なんのことやらですが。
おれは健やかに、のびのびと過ごしてますよ。
都会モンは秘境にロマンを求めがちなんだ。ビーバーの尻尾を首長竜に見間違えたとか、そんなところが噂の発端じゃあないんですか?」
黒衣の男「教団を甘く見ないほうがいい。あいつらは、しつこいぞ。
ところで身分証が欲しいって?
偽造なんてしなくても、カスバート家に籍を入れさせりゃ済む話じゃないか。うまくいってないのか?」
アン「よくしてもらってますよ。ありがたいことです。
でもねえ、保証人になってもらえるかってえと、そんなにホイホイってわけには。
あっさりなられると却っておそろしいから逃げ出しちゃうけど」
黒衣の男「僕の見る限り、あの兄妹に邪心は無いよ。時間をかけて、かわいがられて、絆を深めろ。そうして手に入れたプロフィールで、君は今よりずっと大きな幸福をつかむことができるはずだ」
アン「そうですか。じゃ、じっくり気に入られるよう努めます。
ほとぼり冷ますにゃいい環境だし。電気がきてない生活にも慣れました。
盗もうにも、盗んでやりたいほどの金持ちがいないんですよ。あっという間に10年くらいここで過ごしちゃってたらどうしよう」
黒衣の男「君の腕が鈍ってしまうことを心配すべきかもしれないな。
しかし、それよりも前に君は、かけがえのない親友や、恋人をつくるだろう。今まで、他人とそんな関係になったことは、なかったんじゃないか?
そのうちの何人かとは、ひどい別れ方や裏切りも経験するはずだ。とても心が痛むだろう。
その痛みは癖になる。
しっかり味わっておくといい」
アン「大人の味というやつですか。
こわいこわい。この先何十年生きても、おれ、あんたほどこじらせたりできないと思うよ。これでも平凡人のつもりなんでね」
黒衣の男「そんなにこじらせてるかな。
別になろうとしてなるものじゃない。気付いたら、なってるものだ。
さてそろそろ帰るとしよう。またな。ほどほどにしとけよ」
直後、黒衣の男は、視線に気付いた。
繁みの陰から、村の牧師がこちらを見ている。
……しくじったな。アンと一緒にいるところまで見られたか。
悪いが、その口、塞がせてもらうぞ。