月曜朝から、猫はさっそく鼠をいたぶる。
ドビンズは高学年クラスにミセス・コーデリア・マクドナルドを連れていき、新しい先生だから皆いうことをきくように、と威厳に満ちた態度で生徒たちに紹介した。
やれやれ面倒な仕事がひとつ片付いた、と自室へ戻ろうとすると、背後で鞭の音が響く。
コーデリア「ドビンズ先生。
私はまだ生徒の顔と名前が一致しませんし、アルバリー流の授業の進め方もわかりません。今日は先生がお手本を示してくださいな。明日からは、私ひとりでやってみたいと思います」
そう言うと、新任教師はツカツカと教卓の反対側へ歩きだし、最後列の席に着座した。
ドビンズは呆然と立ち尽くす。
腰につけていた鞭をコーデリアに奪われ、それをまだ彼女が持っていることをどう指摘したらよいものか。そのことで頭がいっぱいだったようだ。
コーデリアはドビンズの思考を読んでいるかのごとく、座ったままもう一発鳴らした。目覚し時計に採用したら恐怖でバカ売れするんじゃないか。そう思わせる、残酷で容赦ない音が閃き、教室はより一層静まりかえる。
全員がコーデリアを見つめている。
かれらの背後で、ドビンズがおそるおそる口を開いた。
ドビンズ「せ、先生のスタイルでこの子たちを教育してやってほしいのです。先生は都心で教鞭をとってこられた。田舎じみている我々のやり方より、ずっとたしかなはずです。むしろ私がその席で、先生流の教育を、学ばせていただきたい……」
この期に及んでまだ吐くか戯れ言を、とコーデリアが思ったかどうかはわからないが、三たび鞭が振るわれた。
コーデリア「私はその田舎じみたやり方をこそ見たいと言っているのです。明日からはどうぞあなたがここへ座りなさい。さあ時間がもったいないですよ。ハリアップ!」
ドビンズは従った。
この女、一昨日はあれだけ俺にのぼせあがっていたくせに……いや、ガキの前だからわざと怖がらせているのか。
俺はサプライズに弱いんだ、事前に言っておいてほしかったぜ……
そんな風に思っていたかどうかは知らない。
いずれにせよ普段どおりの授業などできるはずもなくするつもりもなかったが、猫のイジメは終わらなかった。
ドビンズのありがたい自慢話が興に乗ってくると、コーデリアが近くの生徒に語っている声がする。
「ねえ、いつもこんな感じなの?」
「ノートには要点だけを書きなさい。ここは全部要らないわ。アルファベットの練習だったら低学年ですませてるはずよね?」
大人の世界でいう、羞恥プレイというやつだ。
ドビンズはだんだん快感をおぼえていく。生まれて初めて味わう興奮だった。最後まで耐えてみせたら、この女は俺にごほうびをくれるはずだ。なにをおねだりしちゃおうっかなあ。
こんな彼の底抜けなポジティヴ・シンキングからは学ぶべき点が沢山あるだろう。敬虔な貧乏人を観察するのと同じ程度には。
だから学ぼう。
生徒たちは真剣に耳を傾ける。
その全体を、コーデリアは注視しつづけた。これも調査のうちなのだ。
その一切合切は、夜、夫のユーアンへ向けて報告される。
コーデリア「田舎に置いておくのはもったいないほどの美少女がいるの。
学業も社交性も高スキルで、クラスの全員と仲が良い。とっくに絶滅したと思ってたわ、こんな娘。半世紀前の映画ならヒロインで、今様なら最初に全裸で殺されるタイプね。ある種の殺人鬼なら絶対ターゲットにしてると思うんだけど」
ユーアン「コーデリア。大前提を確認しよう。
殺人はまだ一件しか発生していないんだよ。被害者は16歳の健全な男子で、彼に遺恨を抱いていたとされる容疑者は逃走中だ。
その後、フィリップスとスーリスが襲われたが、どちらもとどめは刺されていない。しかし手口は残酷で、あからさまに教団を敵視していると考えられる。
連続殺人鬼という巷の噂がつくりだした幻影に、惑わされるべきではないのではないか?」
コーデリア「それ以前から急に増え始めた不審人物の目撃情報に尾ヒレがついた。最初の殺人犯が捕まっていないことが、村民の警戒心を休止させなかった。でも、これを、あとの2件と結びつける根拠は薄い?
ちなみに、フィリップスとスーリスを狙った犯人は同じかしら」
ユーアン「断定はまだ早い。しかし共通項の多さから、私は同一犯説を採る。
カトリックの教則には無い暗殺術だから外部テロ組織かもしれない。そいつらがカトリックに依頼されて動いている、というのが私の見立てだ」
コーデリア「こんな小さな村でならと、立て続けに予行演習をしたのかしらね。
いずれもっと大掛かりなテロを起こすわよ、やつら。それを私たちは絶対に阻止しないと」
ユーアン「その美少女の監視は続けてくれ。たとえどんなやつが犯人だとしても、スーリスで最後ってことはありえない。
次の被害者が出たとき、多くの推理が確定事項へと変わるだろう。
もっとも私が狙われれば、その場で事件を解決にしてやれるんだがね」