アンは、マシュウ・カスバートの乗ってきたトラックを眺め回した。
何十年モノだろう。サビだらけだ。
もし、ここでシェパードと別れてアルバリーへ行くことになれば、こいつに乗ってくのか。あの、野暮ったい爺さんの運転で。
さすがに御免だった。
途中で事故でも起こして、失踪するか。着いてからだと逃げ切れない可能性もあるからな。
そんなことを真剣な表情で考えていた。
話すネタも必要なので、地形や植生も見ておこう。
アビグウェイト島では最盛期、150マイルにわたって60ほどの鉄道駅が建っていたそうだ。
アホかと思うくらいチマチマしてやがる。当然、採算などとれやしない。赤字補填のために毎年多額の税金が投入され、州民はいつまでも貧乏なままだった。
やがて破綻し、何十年もかけて廃線が観光用の自転車用道路として再整備される。駅舎はカフェや土産物店、パンク修理に観光案内所などへと活用されているという話だった。
が、来てみたらこのザマだ。
夏休みになったらもう少し賑わうんだろうかねえ。その頃おれは、ここにいるんだか、いないんだか。
シェパードに呼ばれる。
野郎どもの秘密会議は終わったかい。さて、今夜はどこへ泊まりゃいいんだろうね。
シェパード「じゃあカスバートさん。成功を祈ってます。細かなことでも逐一、連絡してください。お宅にアンがいる限り、僕はあなたを味方します」
アンは、きょとんとした顔で、おじさんたちを見つめた。
「何考えてるんだろうコイツ」とシェパードは思っていたことだろうが、それはお互い様だ。
カスバート氏の方が感情を表に出しやすいと思われるので、そちらへ注意を向けるアン。
マシュウ・カスバートはシェパードをいたく気に入ったようで、握手に力がこもっている。
それにくらべて、これからあんたの娘になろうってこのあたしに対してのリアクションが薄すぎないか。アンはそこに一抹の不安というより不信感を抱くのだった。
受け取りのサインは済んでいたようだ。ここでシェパードとはお別れとなる。アンはトラックの助手席へ乗り込む。
一番いい服を着てきたのに、黒い埃がこびりついた。
シートベルトを締めようとするが、固くて引っ張れない。お行儀よく、訴えるようなまなざしを、カスバート氏へ向けてみる。
カスバート氏、アンにひとことも言葉をかけず、トラックを急発進させた。
アン、心のなかで中指を突き立てる。
アン「あ、あの……カスバートさん?よ、よろしくおねがいします。アン・シャーリーです。気に入っていただけるよう、せいいっぱい、つとめますので」
彼女なりに、それこそせいいっぱいのサーヴィスをしているつもりだ。なのにてめえ、ガン無視かよ。
ここで殺意のスイッチが入る。
カチリ、カチリ……
今日のうちに、ゲージがいくつまで上がることだろう。
反応が無いので、アンはドアの取手をしっかり掴んだまま、前方を向いた。田舎者にあるあるだが、それにしても飛ばしすぎだろう。あぶねえぞ。……ん?
運転しているジジイが溜息をついた。そしてスピードが少し落ちる。
まだ油断はならないが、なにかしらのモードチェンジが起きたみたいだ。そろそろ到着なのか。家らしき建物なんて、見当たらないが……
車が、角を曲がった。
途端に景色が一変する。
道の左右に、真っ白な花を咲き乱れさせた並木がずっと遠くまでつながっていた。
少し開いた窓から、むせるほどの香りが吹きこんでくる。りんごの匂いだ。
うわあ、なんだこりゃ。
アンは息を呑みこむ。
カスバート「りんご並木だよ。
村一番の名所でね。昔の人は、この道を、歓喜の白路と名付けた。
ゆっくり走るから、たっぷりと味わいなさい。ああ、家まではあと1マイルちょっとあるから。おなかは、すいてないかい?」
アンは、その言葉を聞こえてないフリしていた。
実際、すばらしい眺めだったのだが、隣にキモオタが座ってたんじゃ台無しだ。
そもそもからして肚立たしい。
このジジイ、挨拶ひとつマトモにできないコミュ障のくせして、地元民なら知っててあたりまえのこんなスポットで蘊蓄ひけらかしてポイント稼いだ気になってやがるだろ。
キモ!キモ!ヘドが出るわ。
アンの心は憤りで渦巻いていた。
りんご並木を抜けたあと、トラックは私有地らしき大きな池のほとりを通過したのだが、ここでもセンチメンタルじみたナルシス全開の説明を聞かされる。もちろん聞いていなかった。
感動ってものはな、じいさん。インパクトとセットでなきゃ味わえないものなんだ。カレーもクソも区別できないキモ野郎が、これで女はイチコロだぜとかコスい頭で計算したプレゼンなんて最悪にもほどがあるってんだよ。
おれは今日見た光景をすべて忘れておくからな。
その労力を、おまえはおれに強いたんだ。万死に価する。
とっとと天国へ逝っちまえ。