ミセス・マクドナルドは先生だ。
なんだか探偵みたいだけど、本職はあくまで教師なのだ。
未来を担う子供たちに、正しき神のことばを伝える。その使命に誇りを抱いているがゆえ、ひとたび業務に就けば手は抜かない。
むしろ一途なたちであるがゆえに、抜けないのだ。
何週か試験をしてみて、高学年クラスの中には救いようのないおバカが何人も紛れこんでいることをつきとめた。
さすがに残業してまでかれらに関わり合ってやるほどの余裕も期待値も無かったので、低学年クラスへ突き落とした。
担任のミス・トランチブルにはきつく指導をしておいた。
さて、さすがに低学年クラスの座席が足りなくなったので、出来のいい子なら高学年クラスへ進級させるようミセス・マクドナルドは指示する。
何人か上がってきた中に、1年生のマチルダが含まれていたのだ。
誰もが驚いた。
しかしミス・トランチブルは大丈夫ですと受け合う。なにより本人が望んでいるのだからと。
そこまで聞くと、ダイアナ・バーリーの友達A嬢までもが眼を見開く。
高学年クラスの座席は毎週末の試験結果に基づいて成績順に決められるが、初週は新入生グループが後ろの列にまとめられた。
A嬢すなわちアン・シャーリーは、マチルダから背中を見られる位置関係になる。
あ、まちがいなく、あの子だ。
あの視線を感じる。おれのことを、じっと観察してる。
今度ははっきりと意思表示をしてるな。なにが起きた?
……ねえ、マチルダ。おれ、きみと話をしてみたいんだ。できれば、ともだちになりたい。
どうかな、伝わってくれるかな。
ミセス・マクドナルドが着任してから、教室の風紀は寒気を感じるほど清涼になった。男の子たちは下品な振る舞いをしなくなったし、女の子たちもおしゃべりを控えがちだ。
マチルダ・ウォームウッドは先輩たちから乱暴な悪戯の標的にされることだけを危惧していたのだが、どうやら杞憂に終わったので、ほっとする。
そしてお昼休みになると、なんと彼女の方から、アンの机へやって来た。
お弁当を一緒に食べませんか、と挨拶をする。
表情にも、声にも、敵意はまったく無かった。
アンは一瞬「この子誰だっけ」とさえ思ったほどだ。
次の瞬間、我に返った。
あ、よろしく。と精一杯の虚勢を張って、小さな妖精の申し出を受け入れた。
誰もが内心、マチルダに興味津々だったので、日替わりで会食者は入れ替わり立ち替わり。マチルダとアンは固定だった。
マチルダは先輩たちの質問に年齢相応のたどたどしさで答え、かわいがられる。
持ってくるお弁当は菓子パンだけだったので、お肉やフルーツを分けてくれる先輩も多かったが、6歳児はそんなに食べられないのだ。
やがてクラスメイトは、小さな子にあまり構いすぎると疲れさせてしまって申し訳ないぞ、ということに気付き始める。
アンくらい目立たない相手とだと、緊張せずにいられるようだ。
マチルダはこのようにして、徐々に先輩たちを遠ざけていった。
初週、マチルダの口からは毎日、さりげなく同じ数字が発せられた。
アンはその意味を考えた。
週末の初テスト。アンは、その点数になるよう解答した。
月曜日、結果発表。
マチルダも同点で、席は隣り合わせになる。
ふたりでニッコリ。
この状況をつくってからなら、教壇でマクドナルド先生が睨みをきかせていても、通信することは造作もない。見つかっても気取られぬよう、独自の暗号をふたりでつくり、拡張していった。
ノートの端に書く記号や図形、それから指話も使ったし、ペンの置き方などまで組み合わせて、様々な意思疎通を楽しむのだ。
笑いをこらえるのだけが大変だった。
マチルダ「ずっと、おともだちになりたかったの。
高学年クラスで革命の準備をしてるぞって噂だけが聞こえてて、なんだろうなんだろうってソワソワしていたの。
そしたら、あれでしょ。
あなたのこと、ずっと見てたわ。そしたら図書館で見つかっちゃって。
あのときは、ほんとにびびった。バスの中で泣いたもの。こわくてこわくて」
アン「おれこそ、きみのことがこわかつたよ。
いまでも、なぞだ。もつとしりたい。しれば、きようりよくできることだつて、いくつでもみつかるさ。
ふえるぷすさんにきいたんだけど、いえのなか、たいへんなんだつて?」
マチルダ「アンは、家でテレビ、何時間くらい見る?」
アン「てれび?
いえには、てれびないよ。でんき、きてないから」
マチルダ「テレビが無いの?物体そのものが無いの?うそ。信じられない。
じゃあ、夜、しずかなの?
なんて、うらやましい。あたし、グリン・ゲイブルズの子になりたいわ。そうすれば夜中まで本を読んでいられるのに!」
アン「あー。でもさ。しようめいは、ろうそくだけだから」