マチルダとアンは、仲良く一緒に下校する。
仮面を外しておしゃべりに興じ、笑っているうちに図書館へ着く。ここからはまた仮面をかぶり、声をひそめて5時まで課外活動。
どちらの少女にとっても、生涯初めて体験する甘酸っぱいデートだった。
ミセス・フェルプスはふたりの関係が進展したことを心から喜んでくれ、なんでも相談に乗ってくれた。
「なんでも」の内訳は、棚の上の方にある本をとってくれたり、蔵書検索のコツを教えてくれたり、同一作品で複数のヴァージョンがある場合どれから読むといい等のアドヴァイスをしてくれたり、だ。
たとえばガリヴァー旅行記。
初版は1726年で、作者の存命中に刊行された1735年版が最終稿とされ、底本として普及している。
これの児童向け版が多数つくられていて、分量は1/10程度が一般的。つまりオリジナルから90%ほどを取り除いている勘定になる。
どれを読むといいか。
頭の良さそうな人ほど、オリジナルを読みなさいと指導する。
実際に複数読みくらべて書かれた評論や研究文献がこれまた多彩に存在するが、オリジナルの分量を超えているものは皆無であるから、かれら自身の基準に従って、それらもまた読まなくたってよいことになる。
んなこたさておき。ミセス・フェルプスのおすすめは、書庫に収蔵されているとっておきの児童書だった。
表紙と挿絵の色彩が豊か。
リリパット対ガリヴァー、ガリヴァー対ブロブティングナグの体格差が丁寧に描きこまれ、潮の香りに汗臭さまで漂ってくるような臨場感に充ち満ちている。
ガリヴァーとのファースト・インプレッションがこの本なら、その子の空想力には無限の拡張性が備わりそうね、とマチルダも同意する。
アンは、ガリヴァー自体が初耳だったので、まずオススメを読んでみた。
続けて、1735年版にも目を通す。
それ以外にもつまんでみていくうち、これらがいったいなんなのか、説明できるようになってきた。
いいかな、マチルダ。きいてくれ。
この物語は、実務能力の著しく欠如したガリヴァー船長が、何度も航海してそのたび全財産失って、あちこちの島やら大陸やらに漂着し、生還してはまたスポンサーを騙して同じことを繰り返していく、一種の悪漢小説だ。
ガリヴァーは各体験談を詳述するのだが、大きな特徴として自他の糞尿に対する観察力が並外れており精緻を極める。作者のストレートな性癖だとしか思えないが、だとしたら悩みもしないでほとばしるまま書き飛ばした作品なのではないか。
ストーリーは波乱万丈でアクションも豊富。デタラメとリアリティの匙加減が絶妙。子供に話して聞かせたら大ウケしそうだ……とニヤついた講談師が大勢いたことだろう。
そのうち勝手に短縮版をつくって売る加工業者が現れだす。生々しすぎる下品な部分を削ってみたら、程よい分量になった。このスタイルが普及して、現在まで脈々と受け継がれている。
大多数の読者はオリジナルを創る度胸も技術も無いけれど、アレンジならより手軽に試せて実験的な思いつきを混ぜこむことだって容易だ。こうしてガリヴァーの私生児たちが増殖した。
その中でも際立ったセンスの持ち主が、見事、フェルプス賞に輝く。それだって才能だろ、誇りたまえよ。
こんなところで合っているかな?
マチルダ「アンの解釈も面白くて、性癖がよく顕れてると思うわ。
わたしはこう考えたの。
始祖ジョナサン・スウィフトは、たとえるならばフグでもタランチュラでもトリカブトでも生で食べてみせる人だった。オリジナル・ガリヴァーはそのフィクション化。
唯一無二の貴重な証言録だけど、同じことをなぞったら普通の人は死ぬでしょう。
ガリヴァーを童話化した人たちは、全員、料理人なの。危険部位だけ取り除いたり、熱や薬品で無毒化したり様々な趣向を凝らして、いかに美味しく食べられるかを今も貪欲に探求中なの。
わたしたちが豊かな食文化を享受できているのは料理してくれる人たちのおかげだけど、それでもやっぱり始祖は偉大だったとつくづく思うわけ。
彼が食べてレポートしてくれてなかったら、タランチュラはただの害虫扱いされて、駆除されるだけの存在だったかもしれない。でも今は、おいしいんだから生かしておかねばって保護する対象になっているんだもの。すばらしいことだと思うのよ」
アン「マチルダの説明って、よくわからないけど理知的に聞こえるな。
なんていうか、つくりこまれた城のような。どこから登っていけばいいのか、さっぱりだ。
なあ、9月に入学して、それまでは今ほど本を読んじゃいなかったんだろ?
たった3ヶ月で、そこまで知識をつけられる秘訣ってあるのかな。あれば知りたいんだが」
マチルダ「図書館との出会いはわたしに運命の扉を開いたけど、それ以前のテキストといったらテレビだったわ。
今はうるさくて嫌いだけど、小さい頃は一日中かじりついていたわよ。
それから、自動車のパンフレット、スーパーマーケットのチラシ。ママが捨ててる買い物のレシートも、数の秩序を学ぶのに役立った。
文字ならなんでも面白かった。
でも、だんだんと物足りなくなっていたの。
そこへ突如あらわれた、天啓が……ええとね、あの本なのよ。
ミセス・フェルプス、とってくださらない?」