緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§34.タイムトラヴェル

バニヤン作『ピルグリム・プログレス』初版は1678年。

 

先入観無しで読んでみて、とマチルダに言われ、アンはページをめくる。

ガリヴァーはオリジナルでもそこそこ読みやすい文章だったが、バニヤンはいちいちつっかえた。言葉づかいが古めかしいのだ。意味が汲みとれない。

 

語り手は荒野を歩いていた。

洞窟を見つけ、中で眠ることにした。

夢の中に何人もの男たちが現れ、どこへ向かおうかと相談を始める。

やがてクリスチャンと盲従者の2名が出発。だが対話しているうちに不仲となり、盲従者は離脱。

クリスチャンは一人きりで荒野を歩き続ける。

 

アン「まだしょっぱなだけど、やっと、ここまで読んだ。

作者はいつ夢からさめるのかな。いったい何が始まってるの?」

 

マチルダ「クリスチャンはずっと歩き続けるの。

タイトルそのまま。巡礼者、前進す。

道中さまざまな愚か者と出会い、アポローンという怪物と戦ったりもしてから、ヴァニティ・フェアという大きな市へたどりつく。

その頃には弁達者になっていて、誰と問答してもやりこめる能力を磨いてるから無敵状態なの。

クリスチャンはなおも荒野を突き進んで戦い抜いていくだろう、と予感させるところで作者は夢から醒めました。

おしまい」

 

アン「え、それだけ?

しかも夢オチ?ばらしちゃっていいの?」

 

マチルダ「そこが気になるうちは愚か者だよ。いまのあらすじを聞いて、どんな感想を言える?」

 

アン「え……と、なんか、小説というよりコミックみたいだなと思った。ゲームのような。ただ、今風じゃない」

 

マチルダ「アンは、ゲームをしたことある?

ボードゲーム、コンピュータゲーム、オリンピックゲームズ、いろいろあるけど」

 

アン「あんまりないねえ。ゲームなんて手に入れたら売ってた。自分でするもんじゃなかったな」

 

マチルダ「ヒント。この物語、オリジナルは17世紀にペンとインクで書かれました。当時、コンピュータは存在しませんでした」

 

アン「……現代だったらコンピュータでつくるようなゲームを、何百年も昔に、紙の本で、やっちゃった?」

 

マチルダ「正解。

登場人物は一部を除いて、頑迷者・忠実者・下心者など、極端にカリカチュアされています。地名も、道徳村・憂鬱沼・火吹山など、愉快なほどに記号化。

この小説は当時、どこの誰でも、英語さえ読めれば面白がれたの。だから大ヒットしたみたいよ」

 

アン「すごいことだけど……まだわからない。マチルダがこの本を、そこまで興奮して推すのはなぜ?いま読んで、これがそんなに面白い?」

 

マチルダ「19世紀後半から20世紀初頭にかけて、女性のライターが女性名でデビューして職業作家になっていく一大ムーヴメントが起きたの。作者自身をモデルにした少女小説が特に好まれて、その頃書かれた名作が今でもドラマや映画化されたりしているわ。

わたしはテレビでそれらをいっぱい見てきたんだけど。教室で原作を読むようになって、ヒロインたちが必ずといっていいほどピルグリム・プログレスを読んでいる描写があることに気付いたの。

同じものを読んでみたくなるじゃない。

でも、それが小説なのか、実用書なのか、学校で使う教科書だったのかもわからなくて。わたしはクリスチャンと同じように荒野を探し歩いていたの。それが、ここに、あったのよ。ミセス・フェルプスが見つけてくれたんだけどね。

400年前の創作集団バニヤンの革新性に驚いたと同時に、200年前の少女たちが、みんなこれを読んでときめいてたんだわって感じられたときの嬉しさったらなかった。

わたしはあの瞬間、ルイザ、ケイト、エレナ、フランシス、ジーンやモードたちと、やっと心から通じ合えたと思ったもの。

タイムトラヴェルが起きたのよ。

この本は、彼女たちの世界と、わたしとを結ぶゲートなの。

……どう?わかってもらえてる?」

 

アン「あ……ああ、うん、その……

圧倒されてた。そうか。

おれにはちょっとまだ早すぎるかな。もっと易しい本をいろいろ読んでから、もう一度挑戦してみるよ。

ありがとう。今日のところは、これは、返す」

 

マチルダ「そっかあ。やっぱりかあ。

アンにだったらわかってもらえるかもって、ちょっと期待してたんだけどなあー」

 

一般の人は、古い本を読みたがらない。

聖書だけは例外だが、その他は新しいものほど進歩しているのが当然で、しかもその新しい情報がとてつもない速度と量でつくられ続けるから、そっちを追いかけるのだけでオーヴァーフローしてしまうようだ。

まあ、わかる。

ただ、そう考える人はどうぞ遮二無二新しいものを追いかけなよと思う。自分で決めりゃいいことだから。なにごとも。

しかしアンは考えた。

マチルダのような探求者は、新しいものよりも古いものから、とてつもない価値を見つけることができるのだろう。

あの、わけのわからない説得力には、勝てる気がしなかった。

彼女はタイムトラヴェルだって起こせるのだ。しかも、自分自身の能力だけで。

永遠に追いつけないだろと思う。

 

もうひとつ。

ゲームやテレビを大音量で楽しんでる家庭とは、アンにとって盗みに入りやすい邸を意味した。

映像やデジタルコンテンツに没頭する人間は呆れるほど無力な白痴と化す。だから軽蔑し、ありがたく標的にするのが常だった。

今日はそこまで語らされなくてたすかった。

今後はもっと用心しよう。

 

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