12月の1週目。
マリラは州都シャーロットへ泊りがけで出かけていった。リンド邸やバーリー邸の大人たちも同様。
マシュウ・カスバートのみ、普段どおり家にいる。
夕食はアンがつくってよいという許可を得た。
何があるの?との問いに、マリラは明確な答えをくれない。
そこでマシュウに探りを入れた。
政治集会だよ、という生返事。
このおじいちゃんは仲間はずれにされているようだから、そもそも詳細を知らないのだろう。明日ダイアナに尋ねてみるか、と考えながら就寝した。
夜更け、玄関を叩く音で起こされる。
窓を開ける。
下にダイアナがいた。
慌てて階下へ駆け、鍵をあける。
3歳の妹ミニー・メイがゼイゼイ苦しんでいる、たすけてほしいの。という。
コートを羽織って、とりあえず向かった。
風が強い。暗くて怖い。
バーリー邸へ着く。
チビの様子をみる。
喉に痰がからまっているようだ。微熱もあるが、重態というほどではない。
アンには心得があった。
自分は応急処置をするから、ダイアナはグリン・ゲイブルズへもう一度行ってマシュウを叩き起こし、車を出させてドクター・ベルを連れてきてほしいと指示する。
喉頭炎に効く薬物はトコンだ。それが生えている場所は知ってる。
懐中電灯を片手に掘ってくる。
煎じる。こんなもんでいいか。
さましながら、ミニー・メイに飲ませる。
背中をさすってやってるうち、痰を吐き出した。
楽になったか、よしよし。
あたためてやっていると、大人たちが到着した。
ジョセフ・ベル先生に引き継いで、アンはキッチンを片付ける。
ダイアナには妹の傍にいてもらった。
午前3時過ぎ、先生から「もう大丈夫」宣言が出る。
ひと安心。
ダイアナにお茶を淹れてもらって、応接間で、ぐったりと語らう。
ベル「アン、君の処置は完璧だった。どこで学んだんだね?」
アン「モンクトンに住んでた頃、近所に薬物マニアがいたんで、師匠と呼んでしばらくつきあってたんですよ。生兵法ですみません」
ベル「モンクトンか。その師匠は、お年寄り?」
アン「いえ。若いにーちゃんです。資格とかは持ってなくて、純然たる趣味人でしたが、やたら詳しくてね。いま何してんのかなあ」
ベル「その人に恋していたのかな?
医学生のカップルになれていたら、最高だったろうにね」
アン「あはは。まー、あいつはイケメンでしたけど、性格に問題がありましたね。
おいらの方からドロンしました。
貞操を奪われる前でよかった」
ベル「モンクトン。イケメン。性格に問題……
アンはいま、11歳だったかな。アルバリーへ来たのは6月だったよね。
その前はノヴァスコシアにいた、と聞いていた気がするんだが」
アン「モンクトンにいたのは8歳までですね。そこから流浪して、ここへ来る直前がハリファクスでした」
ベル「ふむ。ところで、ハドランズという会社を知っているかな。ニューブランズウィック州で、業務用カメラとか、撮影機材の製造と販売をしている中堅企業なんだが」
アン「聞いたことあるような。ボヴィントンあたりでしたっけ」
ベル「グレアム・フレデリックなら、そこで事件をやらかして、今年の6月29日に終身刑を宣告されたよ。
さすがにもう、恩赦で出してもらうことは、ないんじゃないかな」
アン「………」
ベル「どうした天才少女。
何を知りたい?私も聞きたい。
彼について、世間に知られてないエピソードがあれば教えてほしいな。
大丈夫、純然たる私的な好奇心だ。誰にも言わないから」
アン「……いや、まいりました。しくじったなあ。つい、おだてられて、口を滑らしちまいましたよ。
そうですか……あいつ、また、やらかしたのか。
懲りない男だ」
ベル「グレアムも、おだてられるとついつい知識をひけらかしてしまう悪癖があって、毎回同じパターンで逮捕されている。
犯罪者たる自覚が足りないんだろうね。自分のしていることは正義なんだと信じこむ者が陥りやすい過ちだ。
もっと警戒心を養っておかないと、したいことができなくなるよ」
アン「肝に銘じます。おだてられても、舌打ちしてろと。
で、グレアムについてですか。
あいつ、才能はあるんですが、手近の人間でこっそり実験したがるんですよ。
おれも、なんかこいつと一緒のときだけ胸がドキドキするなあって気になってきて、こっそり持ち帰って分析したら、アトロピンを過剰摂取させられてました。ひどいでしょ」
ベル「それも才能のうちだと思うから、悪いこととは言えないね。じゃあ誰を実験台にするのだったら許されるだろう、って話になってしまうじゃないか」
アン「言われてみれば、そうかもしれませんね。結局、自衛するしかないのか」
ベル「そんな緊張感があるから人は勉強するものさ。
さて、ごちそうさま。ありがとう。また話そう」