ダイアナ「え。政治集会?
まあ……政治、かなあ。そうね、政治だわ。だから子供があんまり首をつっこんじゃいけないのよ」
マリラ「マシュウとダイアナがそんな風に言ったのかい?
ああ、おかしい。そうだね、時期がくれば教えてあげるよ。
アンのこともしっかり推薦しておいたから、たのしみにしていなさい」
何のことやらだったが、クラスメイト数名にも訊いているうち、クリスマスというキーワードが浮上する。
ああ、それでみんな、大っぴらに口にしてはいけないんだと了解しあってるわけか。
アンはひとまず納得した。
ちなみにホワイトサンズでは風習が異なるらしく、マチルダはアルバリーの大人たちが集団でシャーロットへ出かけていったこと自体に驚いていた。
ミニー・メイを看病した一件について、アンは極力宣伝されたくなかったが、バーリー夫妻には大感謝されるし、もちろんマシュウからマリラへも伝わるし、おしゃべり好きのレイチェル・リンドからも噂が広まっていくことは止めようがないので、つとめて冷静を装い、自然に鎮火するのを待った。
ところが数日して、アンは放課後、ミセス・マクドナルドに呼び出されてしまったのである。
さすがに少し緊張した芝居をする。
あたりまえだろう。いかなる状況下であれ、先生に呼び出されて平常心でいられる小学生がいたら、そいつはこの上なく怪しい。
先生からは当日の一部始終を時系列に沿って細かく尋問された。
アンは、都合が悪い部分については覚えていませんとしらばっくれた。
最後に、先生から、よくやったわねと頭をなでられる。上品な香水が、なんだかメチルメルカプタンのように匂った。
職員室を出ると、次はダイアナが尋問される番だった。
アンはダイアナが終わるのを教室で待ち、マチルダも交えて情報交換する。
当然ダイアナはアンをひたすら褒めちぎってくれたわけだが、ミセス・マクドナルドは興味なさげに聞き流していた風である。対してジョセフ・ベル氏に関しては2人のそれぞれから対話した内容を執拗に聞き出し、再構成しようとした。
三賢者でなくともわかるだろう。探偵はベル氏に疑いを向けている。
よかった、そっちへ行ったか。
アンから見ても、ベル氏は謎多き人物だった。
年齢は40代とみられ、細身でいつも顔色悪く、重度のチェーンスモーカー。奥様がかつていたとも噂されるが、村では見たことのある人がいない。
週に何日か、村外へ自動車で通勤する。ホワイトサンズやスタンレーブリッジなどの病院で、人手が足りないときだけ呼ばれるのだとか。同じ職場へ長く居続けることが苦手で、ことさら非常勤を好むという説もあり。
敷地はグリン・ゲイブルズと隣り合っているのだが、大きな藪で遮られており、玄関は真逆を向いているのでかなりの遠回りをする必要がある。
ベル邸の扉を叩くとジョセフ氏か、あるいは下宿しているイグナティウスという青年が出てくる。
炊事場にいつも洗ってない食器がたまっていたりして、アンは家政婦くらい雇えと思ったこともあった。
納屋では牛を飼っていて、小さな畑も耕しているけれど、手入れは雑だし柵も朽ちている。なんとも侘びしい所帯なのである。
それでも村では決して嫌われた存在ではなく、素人探偵として一定の評価を得ている。困りごとを相談すると屈託なく腰を上げ、テキパキ推理して問題を解決してくれる。
プロじゃないからお金は受け取らない。無形物に金額をつけることがどうにもお嫌いであるらしい。
卵や野菜、果物をあげるととても喜んでくれるので、たまに呼んでお土産を持たせてあげるお友達は結構いる。
ただ、歴代の牧師さんとは仲が良くない。
宗教とは無形物に価値を付与する商売の最たるものであるからじゃないかな、とアンは考えてみたりする。
募金もお祈りもしない。教会を介在する集会や催事には関心を持たず、むしろ拒絶を示す。そんなジョセフ・ベル氏は、ユーアン・マクドナルド牧師の挨拶回りも鄭重に断って、敷地へ立ち入らせなかった。
そりゃ目の敵にもされるよなあ。
くわばらくわばら。
日曜の午後、アンが子牛を散歩させるため街道へ出ると、東の方からやってくる自転車が見えた。ミセス・マクドナルドが乗っていた。
「せんせい、こんにちは」と児童らしく挨拶をする。
「あら、おうちはこのへんなの?」と尋ねられる。
きわめて自然な流れだったので、この先生おれをまったく疑ってないみたいだな、とアンは防御レヴェルを一段下げた。
先生は西へ向けて去っていく。
目的はベル邸の偵察かしら、などと見当をつけていると、数分もしないうちに先生、全速力で引き返してきた。
何事だ?とアンはさりげなく牛のお尻をつついて街道を塞がせ、自転車を制止させる。
ごめんなさい、と言いつつ牛を落ち着かせながら先生に「事件ですか?」と訊いてみる。
先生、一瞬迷ったが、生徒を安心させようとしてか、教えてくれた。
「黒衣の男が捕まったらしいの。おうちへ帰って、ご家族へ伝えて」