9月から平日学校へ通うようになったので、アンは日曜学校へは行かなくなっていた。
しかし12月からまた通わされている。
休日無しである。
それはいいのか?
聖書では、安息日にゃ休めと書いてあるのじゃないのかよ。
もちろん聖書は絶対だ。あとは解釈次第である。
神様は寛容であるらしい。そして牧師は現実主義だ。
アンは初めての聖餐式に臨んだ。
牧師からありがたいお言葉をいただき、パンと葡萄酒を口に含むのだ。逆らえるわけもないので、ひたすら耐えに耐えた。
新教は単純明快で合理的だと教えられてきたが、いったいどこがだよと叫びだしたくなる。無駄でイラつくばっかりだ。
こんな入団式より実技指導を優先しろ。
テロリストに蹂躙されたばかりだってのに、おまえらほんとおめでたいよな。次どうやって勝つ気だよ。
学習能力すらも無いのか。つきあってらんねえ。
ユーアン・マクドナルド牧師を説明するとしたら、あの妻にしてこの夫あり、でじゅうぶんだと思う。
基本、妻が喋り屋なので、夫は威厳だけ保って黙っていればいい。
この威厳が重要。
ニコリともせず、目を鋭くギラつかせ、悪を赦すまじと態度で示す、のみ。
もちろん教会事務については自分ひとりですべてこなさなくてはならないが、妻が常に見ているのだと心に刻み、片時も気を緩めることなく、信徒たちを正しく導くのだ。休日無しで。
ねえほんとにそれでいいの?
現実から目をそらしすぎじゃありませんか?
12月度日曜学校特別授業は、クリスマスイヴェント初参加の子供たちばかりで編制されている。当然、アンよりも齢下が多い。
他には、家庭の事情でアルバリーの親戚へ引き取られ暮らし始めた初年度生とか、結婚してここへ来たばかりの人とか。
マチルダはいない。
保護者あるいは保証人が堅実なプレスビテリアン信徒であり、本人にも適性があり、顔つきを見て肝が据わっているなと牧師が認めて、初めて入団が許可されるのだ。
当事者の意思はどうでもいいのかよ、とアンはここでも毒づく。
あたりまえだろ、買ったばかりの家畜に同意なんて求めるか?
そりゃそうだよね。出口無し。
ただ、何をやらされるにしても、具体的な教練はおろか、クリスマスという単語ひとつ出てこない。
ひたすら親睦を深めてる、それだけだ。
もちろんアンはこんな不気味な生贄たちと仲良くしたくもなかったし、挨拶の練習は毎週させられるけど鬱陶しい雰囲気ばかり纏わりつくので対話が盛り上がるわけもなかった。
およそ現実離れした12月がじわじわと残り少なくなってゆく。
雪も積もり始めた。午後5時にもなるとすっかり夕闇が深くなる。
イルミネーションなんて、村のどこにもない。
ここは収容所惑星か。
そんなこと言ったらリアルなラーゲリ住民に怒られるぞ。
アルバリーでは幸福な生活が送れる。
朝と共に起き、夜になれば眠るのだ。
自然に最も近い姿がここにはある。
この清らかな静謐と相容れないクリスマスなんて、邪道の極みだと思うよね。
さあ出発しよう。
真実にめざめたわれらは、自らの手で鉄槌を振りおろすのだ。愚かしい旧人類の頭めがけて。
今年の標的に選ばれたのは、州都シャーロット市街のほぼ中央に聳えるセント・ダンスタンス大聖堂。
アルバリーから貸切バスで約1時間。
防寒着で完全武装した戦士が約30名、前庭に整列し、声明文を読み上げて、合図と共に破壊活動を開始する。
ここはカトリックの施設なのでクリスマスのデコレーションがたくさん飾られているのだが、それらを片っ端からひっぺがし、広場に積み上げ、火をつけて勝利宣言。
そして去っていく。
村へ帰還すると、教会で祝宴が待っていた。
「せいだいに、やってやったよ!」と幼児たちが威勢のよい声を張りあげ、キスの嵐をお見舞いされる。
ごほうびのプレゼントも放出され、まるでクリスマスみたいである。
アンはダイアナやマリラたちから感想を求められ、無愛想に「思てたんとちごた」など普段通りのユーモアを披露して爆笑を誘った。
未体験の子には絶対ばらしちゃだめだよ、と誰からも念を押され、はいわかりましたとその都度約束して、深夜零時頃、おひらき。
正直、アンは不満だった。
警官たちはバリケードで市民の側を規制していたし、大聖堂だって襲撃を見越して廃棄処分したい装飾品ばかり並べていた。
建物には一切傷をつけないこと、と直前に厳重注意も受けたし、要するにすべてが茶番で予定調和ありきのバカ騒ぎだったわけだ。テレビ局だってカメラ回してたしな。