カスバート邸は、街道から脇道へ入った先の、林の奥に建っていた。
街道から家屋は見えない。
わざとかな、とアンは推理をめぐらせる。
地元民しか使わない、道路と呼ぶのさえも可笑しい砂利道をクネクネ走ってきたわけだけど、行き交う車は10台に満たなかった。
運転は、どいつも荒っぽい。
さすが田舎だ。ききしにまさる糞ド田舎だ。
アンはずっと都市部に住んできたから、人口密集地帯で死体を処理することが面倒なのを知っている。数日隠しておくことだって、よほどの事前準備をしていなければ困難だ。
ところが田舎はすごい。
どこで殺しても、どこに埋めても、見つかりっこないじゃないか。
この邸は格別最高だ。ジェイムズ・シェパードに教えてやったら需要と供給をすぐにマッチングさせて、ひと儲けたくらむんじゃないか。
まあ、ただでは教えてやらんけどな。
マシュウ・カスバートは、邸の裏手にある納屋へ車を入れた。
その直前、アンは視線に勘づく。主屋の窓から、こちらを睨みつけている人物がいた。
ふーん。
ま、歓迎されてないことは覚悟してるけどね。このマシュウじいさんだって土壇場キャンセルしたがってたし。
でも、とりあえず来ちまった。
来た以上、ただでは帰らないよ。
喧嘩上等。こっちも手加減せずに済む。
あとくされなく、殴り合いましょ。
マシュウの後について、主屋へと入る。
じじいの背中から、なんとも頼りない闘気が漂っている。
くせえ。そのオーラ、前に向けなよ。あたり構わず発散させてちゃ一瞬で隙を突かれるぜ。おれの盾になってくれるのはいいが、秒で無力化されちゃ意味がねえのよ。ったく。ぶつぶつ。
しかし一触即発の事態は発生しなかった。
三者が皆、平和主義者の仮面を被り、にこやかに礼儀正しく振る舞って、あたりさわりのない自己紹介を展開する。
どこまでがほんとかわかりゃしないが、ひとまずある程度の相関図が描けるようにはなった。
カスバート家の住人はふたり。
兄マシュウ・妹マリラ。ともに独身。ていうか、60と56の絶滅寸前コンビ。
わたくし、アン・シャーリーは、この邸を遺産相続できるんですの?オホホ。喜んでカスバート姓になりますわよ。
なんて旨い話はない。
マリラはアンを追い出す気まんまんだ。うだつのあがらないクソ兄貴の大失態に烈火の如く怒っていることが遠赤外線よりも強く伝わってくる。
アッチッチ。逃げ場を確保しておかなきゃな。水辺はどこだ。
夕食を終え、アンは2階の部屋へ案内される。
こじんまりとしていた。古めかしいベッドと三角テーブル。窓の向かいに洗面台。白壁と白カーテンが、夏なのに寒々しい印象を与える。照明器具は無い。電力不足とは聞いていたが、まさか、ここまでとは。
アルバリーの住民は、太陽が沈んだら寝るのだ。
イエス様の時代には皆そうだったのだからね。そうマリラに説明される。
たしかにそうですね!とアンはかわいらしく驚いてみせ、お祈りを唱えてすぐにベッドへ潜りこんだ。
マリラはキャンドルスタンドを持って、出ていった。
暗闇で耳をすませるアン。
やがてムクリと起き上がり、要所の点検を始める。
窓は東向き。張り出しのすぐ先に枝振りのよい樹が一本立っていて、ここから出入りすることが可能なようだ。自分になら。
ただし窓枠が歪んでいて、いま開けると大きな音がしそうである。明日、調整しよう。工具は納屋にあるはずだ。
廊下への扉は、音を立てずに開けることができた。
鍵をかけられてないのが救いだ。トイレまでが遠いな。忍び足で、兄妹のいる部屋へと向かう。
荒々しい声と、ロウソクの灯りが漏れていることで簡単に特定できた。
すぐに姿を隠せる場所を確保してから、聴き耳を立てる。
マリラ「兄さんがおめおめとあの子を連れ帰ってくるだろうとは予想してましたよ。ですけどね、反省のかけらもなく、いけしゃあしゃあと強弁する態度が解せません。いったいシェパードっていうその詐欺師から、どんな悪知恵を吹き込まれたんです。一言一句そのまま再現してごらんなさい!」
マシュウ「マリラよ。シェパードさんは、話のわかるお人だよ。返品はいつでもできるとおっしゃった。なんなら一年先でも構わないと。
それにあの子を返したところで、いずれ跡取りは迎えにゃならん。また一からやり直すのかい?
それよりもだ、まずはアンを受け入れて、様子をみてみよう。返品だって、ちゃんと理由を説明すれば、シェパードさんは次はもっとうちにぴったりの子を用意しましょうと言ってくれた。だったら、お試しをしてみるべきだよ」
マリラ「お試しだとしても、男の子じゃなきゃ話にならないでしょう。あの子に兄さんの仕事を手伝わせられますか?腕力があるんですか?写真の顔とだって、ずいぶん違うじゃありませんか。
家事の手伝いなんて要りませんよ。邪魔なだけです。
私はね、兄さんがちっとも懲りてないことに呆れてるんです。
まったくもう、どうしてこうなってしまったのやら!」