今日は、おうちで地理のおべんきょう。
北米大陸の東側、セント・ローレンス湾にアビグウェイトは浮かぶ。バナナのように細長い形をしている。
さほど大きくもなく、人口も少ないが、この島だけでひとつの州を構成し、連邦の一員として存在感を誇示したがっている。
16世紀の開拓ブーム初期からヨーロッパ人が支配しているが、定住者は少なかった。
赤銅色の砂岩に覆われた大地は栽培に向かず、どこでも育つ作物の代表格であるジャガイモが今でも農業収入の40%を占める。
硬い石が採れないので建築物は木造ばかり。19世紀中葉には乱伐をやりすぎて深刻な人口流出も招いた。
海峡を隔ててケベック、ニューブランズウィック、ノヴァスコシアといった列強州と対峙する。
劣弱であるがゆえに交渉力を磨いて小狡く立ち回り、独立を保ち続けてきた歴史こそ、アビグウェイト人の誇りであろう。
とりわけジョン・ブルとアンクル・サムが親子喧嘩で血みどろだった時代の外交戦術は見事だったという他ないが、この話を始めると止められなくなるので別の機会に譲る。
オンタリオ州が中心となって結成された連邦、通称ドミニオンに当初アビグウェイトは加盟しなかった。
そのときはボストンとの都市間友好を殊更に盛り上げてみせ、アンクル・サム合衆国の一員になりたいかのような演出をした。
ドミニオン側は焦る。
アンクル・サムの家族にさせられそうだったのを決死の防衛戦で阻止した直後だというのに、シン・レッド・ラインのすぐ背後が敵の衛星都市になろうとしたのだ。
懐柔のため、おぞましい額の現金が積み上げられ、アビグウェイトはその金で島を東西に横断する鉄道を敷設した。
島民は歓喜に沸く。
しかし熱狂が冷めてくると、莫大な維持費が重荷になりはじめた。
島民の心は荒み、分断が加速する。
文明を憎悪し、朴訥なまま生きるべしと説くコミュニティが次第に勢力を強めていった。
そんな時代に生まれたのだ、彼女たちは。
さあ何をして遊ぼうかしら。
オーチャード・スロープに、ダイアナのおばあさまが泊まりに来た。
州都シャーロットに古風な邸を持っていて、家政婦を何人も住まわせて、庭いじりが大好きだという、永遠のモダンガールだそうである。
ミニー・メイの命を救い、ダイアナを酔っ払わせるほどしたたかで、噂に聞く盲目聾唖の少女と殴り合いして病院送りにされたお友達がすぐ隣に住んでいるんですって?
すぐ呼んできてちょうだい、私もお友達になりたいわ!
と孫娘に指示を出した。
アンは、噂の一覧表にトーマスやフィリップスの名前が出なかったことに安堵しながら本を閉じ、着替えてダイアナのあとをついていく。雪を踏みしめる音が心地好い。
マダム・クラリスをひと目見て、本職の探偵ではないかと胸騒ぎを覚えた。
眼差しは鋭くなく、おどけてみせるのが得意で、しつこすぎず、でも相手に口を開かせるのがうまい。
ジョセフ・ベルにはまんまとひっかけられたアンだったが、クラリスは同性だからだろうか、油断をせずにいられた。
マダムは、アンが料理を覚えたいのにマリラがキッチンを使わせてくれないことに軽く不満を抱いていることを数分の会話で見抜き、一緒にお菓子をつくりましょうとさりげない誘導をしてみせた。
その場に今ある食材をたしかめ、レシピはジンジャー・プディングに決まる。
ダイアナを助手にして、肝腎な部分はすべてアンにやらせてくれた。
少女たちの所作に細かく目を配り、絶妙な匙加減で上品に褒めてくれるクラリスおばあちゃん。
アンは、やべえ、この人ほんまもんの悪魔だ、気をゆるしたらどんな秘密でも喋らされてしまう、とビクビクしながら卵とバターをかきまぜる。
いろんな話題に花が咲いた。
マダムは、アンがシャーロットへ来ていたのなら大聖堂の襲撃を見に行っておけばよかったとくやしがった。
あれは宗教と思想が絡むイヴェントなので、眉をひそめ毛嫌いする市民も多く、上流階級ほど話題にもしたがらないのだそうだ。
ミニー・メイは嘔吐剤を飲んだあの夜以来アンを大恩人と慕っていたので、軽く苦味のするプディングでも張り切っておなかに詰めこみ、寝込んでしまった。
口直しに林檎が供される。たっぷりと甘味がのっていて、とてもおいしい。
ふとマダムがつぶやく。
「アンは林檎の種を捨ててしまうの?意外ねえ。
……あら、私としたことが。
オホホ、今のは忘れてちょうだい」
アンはそれをメッセージだと受け取った。
林檎の種から、なにを作れるというのだろう。
勉強するテーマがまたひとつ生まれた。
早く図書館、開かないかな。