春がきた。
いろんなものが、湧き、萌える。
アルバリーには新しい不審者が現れた。
雪融けの季節には道がぬかるむ。種蒔きの準備に駆り出される子供も多いから、至るところが泥だらけになる。
広い畑を持っていて、収入に余裕のある家は、臨時雇いの労働力を1~2ヶ月、家に住まわせる。そんな忙しい時期であるから、住所不定のおさるさんが一匹くらい紛れこんでたって、怪しがられもしなかった。
アンは低学年クラスの教室に変な匂いが混じりこんでいたところから、サーチングを開始する。
ちなみに出席している生徒は半分もいない。高学年クラスはもっとスカスカである。
親が、学校なんかより家で手伝えと命令するのだ。
教師たちが逆らえるはずもなく、必然的に監視もゆるくなる。
アンは保護者から一切手伝いを求められなかったけれど、巧みに口実を設けて行方をくらませた。新しい標的との追いかけっこは、いい運動と刺激になる。
お弁当や防寒具など、時々いろんなものが盗まれる。量的には10歳児ひとり分くらいか。単独犯で、換金ルートは持っていなさそう。
ムズムズする。
手伝ってあげたい。
恩を売って手下にできれば、尚良し。
そのうち目撃情報が寄せられる。
ロスタフさん家をある夜、見知らぬ少年が訪問した。道に迷ってしまったのでコーブヘッドまで行く方法を教えてほしいという。
ミセス・ジュディス・ロスタフが「何をしに行くんだい?誰を訪ねる予定なんだい?」と詰問すると、出まかせと思しき、ちぐはぐな回答を返した。
ロスタフ家ではこの日、夫と息子が泊りがけで街へ出かけており、邸には彼女しかいなかった。相手が女ひとりなら、しくじっても口封じできるだろうと少年は考えたのかもしれない。しかしジュディスは、いきがって見せているけど彼に殺人の経験はなく、しかも実は女の子じゃないかねと見当をつけ、巧妙に誘導尋問した。
結果、不審者は顔を真っ赤にして逃げ去っていったという。
ほほえましいエピソードである。
アンはこっそりロスタフ邸の近くまで行き、子供の痕跡を探した。
森から来て森へ去っている。
あれ?この先は……とアンは慎重に、繁みの中へ分け入った。
去年の夏、ダイアナとつくった秘密基地へと行き着く。
ありあわせの布で小さなテントが作られており、ここを根城にしていたことが窺われる。フム。ほんのりメスの匂いがするな。鉄臭さも濃い。経血か。
ただ、定宿している感じではない。他にもねぐらがあるのか。戻ってくるかな。
アンは、痕跡を遺さないよう注意しながら、立ち去った。
数日後、低学年クラスのリーダ・マーシュという子が帰ろうとすると、長靴を盗まれていた。
室内履きも靴下も汚したくないからと泥道を裸足で、パンツも限界までたくし上げておそるおそる歩いていた姿がたいそうエロティックだったらしく、男どもが野卑な噂にして広める。
調査すると、買ってもらったばかりの可愛い長靴で、本人も家族も激しく御立腹だ。
アンはこれもターゲットのプロファイルに加えた。
リーダと同じくらいの足幅で、細くてなまめかしい美脚の持ち主なのだろうか。それで少年のフリをしようとしていた?
そそるじゃねえか、この。
高学年クラスではジョーゼフ・スロートという鈍デブが、誕生日の翌日、ナッツケーキをおやつにしようと教室へ持ってきていた。
休憩時間、包みを開けると、誰かの齧った跡がある。本人、大泣き。
アンはこれもターゲットの仕業か、いつのまに、と感心しつつその歯型から顔の大きさを推定する。
なぜ平らげなかったか。
甘ったるすぎたんじゃないかな。
そんな感じで、着々と存在Xのイメージは肉付けされていった。
これは新たな恋かもしれない、なーんてな。
アンは早く見つけたいと思う反面、悶えるほどに手こずりたいという期待にも胸踊らせる。
ほんと難儀な性格してるよ。
路肩の雪も融けきった頃、アンは村外れの廃屠殺場敷地内に、不審者のねぐらを探りあてた。
この隙間を潜って出入りしているならば大人ではありえないし、やはり微かに芳香がする。
しかし立ち入るのはやめた。
おれたちはもっと美しい出会い方をすべきだからよ。そんなこだわりを見せる。
ほんと、めんどくさいな。
メレディスさん家の姉妹が遊んでいた。
彼女たちは母親を亡くしていて、父親が変人で兄2人も性格が歪んでいるので、村の中でもちょっと浮いた存在なのだ。
かくれんぼしているらしい。姉フェイスと妹ウーナが鬼を捜しているようだ。襲撃に脅えるかのごとく、ぴったり寄り添っている。……妙だな。誰と遊んでるんだ?
突如、鬼があらわれた。
鱈の干物を振り回し、姉妹のお尻をビシ!バシ!と小気味よく叩いて逃げてゆく。
フェイスとウーナは笑いながら悔しがり、鬼のあとを追いかける。
アンは硬直した。
いま見た鬼。彼女だ。まちがいない。
ついに見つけたぞ。