ミセス・マクドナルドから転任を告げられた日より、ダイアナはすっかり情緒不安定になった。
毎日必ず忘れ物をするし、集中力低下も著しい。急にポロポロ泣き始めることもしょっちゅうで、その感情が襲ってくると教室を離れて一人になりたいと申し出る。
先生も、無理には止めない。
やはりまだ、親元を離れさせるには早すぎるようね、と諦めの表情をたたえ、出て行かせる。
生徒たちはすでに勘づいて噂しているようだ。ダイアナから漏らしているとは考えにくいから、情報の漏洩元はドビンズかトランチブルだろう。根が真面目なダイアナにこれ以上気を揉ませるのも可哀想だからと、ミセス・マクドナルド自身から正式に告知が為された。
高学年クラスでは、せいいっぱいの感謝をこめて贈り物をしよう、という声が慎重に湧き上がる。
こんな現象は以前のアルバリーでは起きえなかったことなので、彼女の功績に加えてあげてよいと思う。わずか7ヶ月ほどの滞在で、先生は村人たちの意識に変革をもたらしたのだ。
その主成分がたとえ恐怖であったとしても、褒めて讃えてあげるべきだよ。
後任の教師は、予想よりも早くやってきた。
ミス・ミュリエル・ステイシー。
芯の強そうなお嬢さんだ。口数は少ないが、相手の言葉をしっかりと聴き、最低限の仕草で理解していることを伝える特技を持つ。
だからミセス・マクドナルドからも、いまいち信用できないと怪しまれつつ一定以上の評価は得た。小学校教師としては能力的にいささかも問題なし。となれば、とっとと引き継ぎをすませてウスノロたちの世話から解放されようと考えるのも自然である。
ミス・ステイシーはプレスビテリアンの信徒ではあるが、階級は持っていない。教育省方面からの推薦を受けて決定した人事のようなので、ミセス・マクドナルドも本部へ問い合わせすらしなかった。
たとえば殺人鬼が舞い戻ってきたとしても、もはや前任者の責任では無い。なれば、こんな、王道の被害者を演じてくれそうな小娘と関わり合っておくことだって、できるかぎり遠慮しておきたい。
当然すぎる計算だ。
謎をまとわりつかせているミュリエルにくらべたら、コーデリアの性格は、これほどわかりやすかった。
コーデリアの夫たるユーアン・マクドナルド牧師の後任は、まだ現れない。こちらは教団が決めるしかないので、時間がかかるとみられる。
ユーアンはユーアンらしく、地道な巡回を欠かさなかった。出番こそ少なかったが、教区の治安を守ることに最も貢献した人物といえば文句なく彼が一等賞であろう。
ユーアンは常に妻を見ていた。そのお喋りを遮ることなくじっと聴き、ひたすら分析と助言に専念した。どんな違和感も見逃さなかった。話し疲れた妻に必ず優しい言葉をかけ、抑制の効いた励ましで明日への活力を与える。
だから妻は常に力強く立っていることができた。こんな鉄壁の関係で、村の平和は支えられていたのだ。
次の舞台はベルファスト。
かれらなら、やってのけるだろう。紛争を、終わらせてくれるだろう。全信徒が期待しているはずだ。その準備に集中するため、コーデリアの帰りが早くなってくれたことをユーアンは喜んでいた。
でも巡回だって疎かにせず、続けた。実に真面目な牧師なのだ。
ダイアナも喜んでいた。
ミステリアスで、上品で、知的でおしゃれのセンスも高いミス・ステイシーは、7ヶ月間カサついていたダイアナの心をみるみるうちに潤した。
この先生になら本気でついていきたい。不承不承背負わされていたクラスのリーダーシップを、ミュリエルのために今後とも率先して引き受けようとハートに火を灯した。
クラスの女子たちは一人としてダイアナの気迫に逆らえなどしなかったし、これが若い男の先生だったらまだしも女同士だから、どうぞどうぞと。
ダイアナが引き続きクラスの中心であり続けリーダーとして押しも押されもせぬオンリーワンでナンバーワンなヒロインであることを許した。
ミス・ステイシーならずとも、こんな扱いやすい教室は前代未聞であったろう。
まとまりがあって、陰湿ないじめ構造も見られない。全員がほどほどに楽しんでおり、文房具の貸し借りだって何の気兼ねもなく行われる。始業前や休憩後はお喋りがかまびすしいけれど、ダイアナのひと声で一瞬後には静かになる。
当然、イニシアティヴを握るダイアナのおかげなのだが、その存在に甘える教師はすぐ相手にされなくなるだろうとミュリエルは正しく察した。
想定外の環境であるが、ここからどう子供たちを導いていくのが最も面白いだろう。
ミス・ステイシーは考える。なにをどのように考えているかは、当人以外にはわからない。
アンにだって、わからなかった。
この女、なにものだ?
波長が時々シンクロするんだよな。スペシャリストなのか?
いったい、なんの?