太陽が顔を覗かせたときには、起きていた。
窓は東側に面している。玄関と同じ向きだ。こちら側の視界はややひらけており、繁みの先に隣家の屋根が見える。となりといっても1000フィートは離れているだろうか。さすがド田舎。
アンはトイレをすませたあと、こっそり外へ出てみた。
空気が冷たく、さわやかだ。思いっきり深呼吸する。きもちがいい。ド田舎ってすばらしいと感じなおす。
邸の周囲を軽く散策。
北の街道までが直線距離にして300フィートほど。西は丘陵になっていて、白樺が群生している。街道はその向こうで左へ折れていくはずだ。
邸の南は果樹園で、その先が鬱蒼とした繁みになっている。埋める場所には事欠かない。埋められたら永遠に行方不明だろうなあ。
いつまで化けの皮を被っていられるか。
そんなことを、もやもや、ぶつぶつ。
カスバート兄妹が動き始めたようだ。
アンは、おしとやかに家の中へ戻る。かれらが着替え中なら挨拶されても気まずかろうと、まっすぐ自分の部屋へ。
窓は、やっぱり開かないなあ。
持参してきた小さなバッグを点検していたら、足音が近づいてきた。おはようございます、とお出迎えする。
厳かな表情をたたえた、女主人マリラ・カスバート様であった。
マリラ「早起きなんだね。いい心掛けだ。
お祈りはちゃんとすませたかい?朝ごはんまで、散歩でも読書でも、好きにして過ごしな」
アン「ありがとうございます。あのう……お手伝いできることは、ありますか?」
マリラ「あたしの手伝いはいらない。あんたの監督はマシュウだ。手伝うなら、マシュウの言うことをお聞き」
冷たい壁を感じる。しかし、にこやかに了解して、マリラが出ていくのを見送った。
さて。ふと、アンは迷う。
マシュウを手伝うとしたら農作業だ。泥だらけになるだろう。外出着は3着用意してきたが、一番上等なワンピースには昨日のトラックで黒い煤がついた。もとよりロングスカートなので野良仕事には向かない。あとは、平凡な普段着と、丈夫な生地のワークパンツ。
一択だよなあ。
しかし、こいつを汚すと、いざってときの逃げ道が塞がれる。
機能的でないおしゃれ着なんて生来アンの好みではなかったから、戦闘服はできるかぎり温存しておきたかったのだが、やむをえまい。そそくさと換装して、納屋へと赴く。
しかしまあ、兄貴もたいがいだった。少女の姿を見るやいなや目をそらし、あからさまに挙動不審となる。
アンの方から積極的に、せいいっぱいフレンドリーに話しかけてみるのだが、リアクションがぎこちなさすぎて気の毒なことこの上ない。ストレスに耐えかねて、とうとうアンは身を引いた。
朝の散歩を繰り返す。
ここで暮らすのは、おれには無理だ。滞在半日で、もうホームシックに襲われる。
一時間ほどすると、朝食に呼ばれた。
マシュウとアンは勝手口から邸へ入り、簡易テーブルに用意されていた食事をついばむ。
昨日の夕食は、キッチンでダイニングテーブルを囲んだのだが、泥だらけの作業着はその聖域へ上がらせてもらえないということだろう。家事を司る者の立場なら、それもわかる。兄妹二人暮らしだし、何の問題も起きるまい。
だがアンは、ますます宙ぶらりんな気分である。
あなたがたは、あたしを一体どう扱いたいのだと。いかにして相談を切り出したものやら、黙々と考えていた。
食事後は、納屋から工具をお借りして、例の歪んだ窓をどうにかうまく開閉できるようにした。
やればなんとかなるもんだ。それからマリラに、洗濯桶と洗剤を借りる。マリラが使わない時に限り、自分の衣類をなるべくこまめに洗濯しておくようにと説かれた。
あたしは、あくまでカスバート邸に一時預かりの身である。そうアンは心得る。居候らしく、おとなしくしています。
それはいいが、さて、帰っていいなら帰らせてもらいたいんだがよう。ノヴァスコシアへ。
……とはいえ、シェパードがここまでしてくれたんだから、もう少しは辛抱しないとな。はあ、やるせねえ。なんとか居場所を見つけて落ちつかねば、落ちつけねえ。
午後、マリラから「上等な服に着替えるように」とのお達し。
いま洗って干しているところだと返答すると「別の着替えはないのかい」と言われたので、平凡な普段着を出して見せた。
「それでいい」というので着替える。
マリラとお出かけするらしい。
納屋の車庫にはマリラ専用のミニが置いてあり、これに乗っていく。
「買い出しですか?」
……答えてくれない。
ああ、まったく、ストレスフルな家庭だぜ。