緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§50.いちばんまともな先生

ミス・ステイシーの授業は、これまでの、どの先生とも違っていた。

 

フィリップスやドビンズにとって、教育とは、世間知らずのガキ共を跪かせて大人への尊敬と人生の厳しさとを叩きこみ、ききわけのよい歩兵に仕立てあげてみせることだった。

具体的手順としては、毎日ありがたい説話を聴かせてやり、態度が悪かったり呑みこみが遅い生徒には鞭という効果テキメンのお仕置きをくれてやる。

痛みは人を成長させる。歯を食いしばり涙を流した数だけ恩師に「ありがとうございました!」と大きな声で感謝した子供は、その経験を忘れまい。

やがて親となり、自身の子を鍛えるとき、あの鞭がどれだけ多くの学びを得させてくれたことかと強烈にわかる瞬間が訪れるだろう。だから撲ってやるのだよ。

ほら、ありがたがれ!

 

村の大人たちに尋ねると、だいたい同じような答えが返ってくる。

みんな撲たれて大きくなった。

それは伝統として定着し、いつまでも後の世代へと受け継がれていくようだ。

この風習を肯定する信徒をAとしよう。

Aによれば鞭撲たれることで人は成長し、より立派になるそうだ。だったらじゃんじゃん撲つべきだ。

Aを見つけたら問答無用で鞭をふるえ。

ちなみに子供たちはほぼ全員が否定派のBであるから、自分が撲たれることを望まない。むしろ相手の望むことならしてあげたいという、ひたむきな奉仕精神を持っている。これも尊重せねばなるまい。

さあAよ、名乗り出ろ。悦びながら尻を向け、気絶するまでBに撲たれるがよい。

これが最も全員を幸福にする理想的光景のはずなのだが、なぜかAに限って、この完全解から逃げたがる。

おかしなものだね。

フィリップスはまだ生きているだろうか。

身をもって体験した幸福者として、思うところを聞かせてほしい。

 

低学年クラスのミス・ジェニファー・トランチブルは鞭を振るわない。帽子掛けもスパンキングもしない。やさしく叱るだけだ。

そんなので子供たちがおとなしくなるか。ならない。

先生は舐められすぎだ。威厳は無く、尊敬だってされない。遊び仲間とも見做されない。使用人みたいなものだ。泥だらけにしても掃除しておいてくれるし。ありがたや、ありがたや。

こんな教師だって、いる。

 

ミセス・マクドナルドは本職の教師だったから、自分が最低限なにをすべきか、わきまえていた。子供たちに共通のルールを守らせる社会的生活を意識させ、かつ個々人に競争心を芽生えさせて切磋琢磨を促進したのだ。

一般的に、学校以外でこんな経験を培える空間はない。

家庭内では兄弟姉妹の間にも生まれながらの序列があるし、いきなり社会に出ればもっと熾烈で理不尽な階級差に晒される。

学校とは非現実的なゲームフィールドであり、まあまあ公平なレギュレーションのもと、命まで賭けずに知恵や力を較べ合うことができるのだから、せいぜい楽しんでおいたらよいと思うのだ。

ミセス・マクドナルドは万人にとっての理想的教師であったわけもないが、それでもここまで登場した中で、いちばんまともな先生だった。そのことは認めよう。

 

さて次なるミス・ステイシーのお手並みを拝見。

先生は、日替わりで生徒を教壇に立たせた。

自身は、子供たちよりは座高があるからなるべく後ろに座った。

「なんでもいいから喋って。先生になったつもりで」そうけしかけ、スピーチにリアクションやアシストを怠らず、なんとはなしに一人平均20分ほどのトークショーを連日続けさせたのだ。

あたりまえだが子供たちは自分の番がくるまでにネタを準備しておくようになる。

意外な趣味の一致などもわかって新たな交友関係が育まれる。

ダイアナのリーダーシップは揺るがなかったが、脇を彩るキャラクターも次第にユニークな仮面を見せびらかすようになっていった。

 

笑い声が響くたびドビンズが見に来てミス・ステイシーに苦言を呈すという場面も幾度か発生したが、次第に子供たちが反撃に加勢するようになってくると、ドビンズは姿を見せなくなった。

子供たちはそんなドビンズのモノマネが得意で、どこまで過激にデフォルメしておちょくれるか合戦が白熱し、6月が終わる頃には最強王者決定戦まで開催される始末。

ドビンズにも審判をお願いしたかった。彼のスピーチは新たなネタ源として一言一句あまさず記憶され、第2回チャンピオンシップを盛り上げたことだろうに。こいつには芸人魂が足りないね。

 

年度末が訪れ、学校は夏休みに入る。

ミス・ステイシーが正式に教師となって給料を支払われるのは9月からだったようだ。しかしすでに村内で下宿を見つけ「夏休みもアルバリーで過ごすから、私と遊びたい人は遊んでちょうだい」とどこまでも教師らしくない宣言をして生徒たちの瞳を輝かせる。

アンは不思議でならなかったが、敵意はまったく感じないので静観することに決めた。

 

ところで牧師も交代し、前任者は妻とベルファストへ旅立った。

後任はアランとかスミシーとかいう小男だが、特徴に乏しく、積極的に自分から語りたがらない性分みたいなので、村内でもすぐ話題にのぼらなくなった。

アンですら、すぐに興味を失った。

敵にも味方にもならない。そう判断したからだ。

 

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