夏休みが始まった。
先生は毎日、海へ山へと村内を忙しく駆け回り、野生児のように肌黒くなった。
すべての生徒宅を訪問するつもりらしい。
新参者はなかなか歓迎されないのが万国共通田舎あるあるの筈であるが、子供の遊び友達であればそこまで邪険にされない。
教師としてはどうか?
今度のも随分と伝統破りの御婦人みたいだぞ。
そう、ここでミセス・マクドナルドにはお礼を言っておかねばなるまい。
「小学校教師とはこういう生物だ」と村民が教科書的に思いこんでいたイメージが、先代の彼女によって壊されているのだ。
女に先生なんてつとまるものか、と軽蔑する保護者も一年前には相当いたが、今じゃ女のほうがよっぽど頼りになるとお墨付きを得ている。
そこへ、もっと若くて元気溌溂な、女性第2号である。違和感は薄れていた。
それから従来、親たちは子供の学力向上を評価する方法を持っちゃいなかったのだけれど、少しずつ算数を得意とする子も現れて家計簿などつけて親の手伝いができるようになると「おお勉強もやっとるんだな」と高評価につながってゆくではないか。
ミス・ミュリエル・ステイシーは更に、子供たちが今日あった出来事を明朗に語り聞かせてみせるという能力を開花させた。
この子たちが地均しをしてくれる家庭では、会う前から新しい先生に好意的なイメージが付与される。そしていざ子供が案内して先生を家へ連れてくると、快活で面白いおねえさんだ。
そんなふうな感じであったから、ミス・ステイシーはずいぶん早いペースで村の一員へと溶けこんでいった。
なお、会食前の祈りが様になっているなど、プレスビテリアン信徒としても誠実で真面目な一面を持つという印象が付随する。
アルバリーにおいて、この要素はきわめて重要だ。
のちに語る予定だが、アラン牧師はこれができてなさすぎて村民との親睦を深められなかった。移住先がどんなコミュニティであるかリサーチしておくことは、時には生死とも直結するが、信用を得たいのならば疎かにすべきでない条件である。心しておこう。
ダイアナ「先生!今日はどちらへ参りますか。
ランチは5人分つくって来ましたよ。まだ御案内してないスポットでしたら、ジョセフ・ベルさん家の丘に大きなエルムの樹が立っているんです。何人か誘って、そこまでピクニックなんていかがでしょう」
ミュリエル「キミはほんとに世話好きだな、ダイアナ。
50年前だったら結婚申込みが殺到しただろう。そして確実に不幸な檻の中生活が待っていたと思うんだ。
なあ、ちょっと真面目な話をしていいか。ダイアナ・バーリーは将来どんなオトナになりたいんだい?」
ダイアナ「将来ですか。今は先生にぞっこんです。先生のようになりたいです。
先生っていうのは、職業として考える場合、どうなんですか?」
ミュリエル「お嫁さん、なんて言われなくてホッとしたよ。いまどきの娘が言うわけないか。
職業としての先生?
やめとけやめとけ。こんな奴隷以下の労働も滅多にない。主婦や牧師よりは恵まれているが、ストレス半端ないぞ。マニュアル通りにやろうとしたら、だけどな」
ダイアナ「でも、じゃあ、先生はどうして先生をやっていらっしゃるんでしょう?」
ミュリエル「いろんなジョブに化けてあちこち潜入してきたんだけど、教師てのは未経験だったからさ。
ボスに打診されて、面白そうですねと引き受けたんだが、なんだこりゃと思ったよ。契約満了までは続けるけどね。
まったく、何にやりがいを見つけたらいいのか、わかんないよ」
ダイアナ「やりがいですか。先生でも、そんな悩みを抱かれるんですね。やりがい、かあ。なんだろう。まだよくわかんないなあ」
ミュリエル「ダイアナはさあ、挫折を経験したこと無いんじゃないか?
相手をただ殺すだけじゃ飽きたらねえ!ってほどの憎しみとかもさ。
そういうの味わっといて、強くなるために真剣なトレーニングをするんだよ。
普通は、それまでの自分に欠けていた戦闘能力を意識して引き伸ばそうとするモチヴェーションが働く。くやしさが深ければ深いほど長続きして、気付いたら超人的な特技が身についてる。
じゃあ、これを商売に使いながら、宿敵を捜し回るか。っていうのが巷じゃやりがい探しと呼ばれてるものみたいだけどね」
ダイアナ「そういう生き方してるお友達ならいますけど、あたしはちょっと縁遠いかなあ。人を憎むっていう感覚も、いまいちわからないですし」
ミュリエル「12歳で知らないんじゃあ、この先も、知らずに過ごせるかもだね。
それはそれで美しい人生だと思う。いつまでも天真爛漫なダイアナでいてくれ。
あたしは退屈だから、夏のうちに、何かを見つけるよ」