緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§52.すべて世は事もなし

もと黒衣の男「牧師とは大変な職業だねえ。

僕には向かない。この暑いのに黒衣の制服を一日中着ているなんて。絶えられないよ」

 

アン「マクドナルド牧師なら、今日みたいに暑い日でも、顔色ひとつ変えずに村内巡回してたと思うよ。

ベルファストってここより涼しいの?今頃、何して過ごしてるかね」

 

もと黒衣の男あらため、ジェイムズ・シェパード「ベルファストの緯度はアビグウェイトよりも高い。すなわち、より北に位置するんだが、それほど寒くはならないみたいだよ。大都市だから温室効果もはたらく。

小学生でも防弾チョッキとヘルメットが標準装備らしいので、牧師の制服も特別仕様で嵩張るみたいだ。

やっぱり僕には向かない。これは揺るがないね」

 

アン「志願したって、先方から拒絶されると思うよ。

ところでアラン牧師については情報つかんでる?」

 

シェパード「たいへん興味深い人物だった。

本人に直接、あなたは何者なんですかと質問してみたいね。墓碑銘に刻むなら、どの業績を一番上に掲げたいのか。

これを他人任せにすることは、彼には最も耐えられまい」

 

アン「そんなに色々やってんのかい。実は手練れのエージェント?」

 

シェパード「経歴は幅広いが、どれひとつ有能ではないな。君の好きそうな分野でいえば小説も書いている。ジョン・オコナー神父を主人公にした短編集とか。知っているかな?」

 

アン「知らないねえ。図書館にあるかな?」

 

シェパード「無いだろう。ネットの中古市場でも端本扱いだ。世に出たことは確かだが、少しでも面白ければもう少し稀少価値がつくものだよ」

 

アン「ふうん……あれ?さっき神父って言った?

神父ってカトリックの言い回しじゃなかったっけ」

 

シェパード「ご明察。よく気付いたな。

彼はミステリを書いていた頃、リアルではキースという名でローマ・カトリックの神父をやっていたんだよ。作品には現場労働者ならではの生々しい体験談と呪詛が綴られていたと思われる。読みたくなってきただろう?」

 

アン「いや別に。

そんで、カトリックを馘にされてプレスビテリアンへ鞍替えしたってわけ?」

 

シェパード「そんなところだな。ちなみにカトリックへ改宗する前はアングリカンの信徒だった。その前はパブへ入り浸っていたとか。

こんな経歴だから、プレスビテリアンも厄介者を引き受けたことは承知している。アルバリーなら、村民がしっかりしているからアラン牧師の矯正にも適していると判断されたのじゃないかな」

 

アン「舐められすぎだぞ、この村。

それで有能でもないのにちゃっかり牧師にしてもらえたって根拠はどこ。

普通、いくら殺され要員だからって、もと敵対勢力の士官をすぐ役付きになんか任命しないと思うんだけど」

 

シェパード「意外にも、アラン氏が自分を売り込む能力はそれなりに高いと思われる。

彼はフェルとかギデオンといった名前でも文筆活動を精力的に行ってきた。哲学・経済・科学・犯罪・教育・マスメディア論など分野は多岐にわたる。ロンドンを拠点とする出版社に広範なコネクションを持ち、推薦文ならすぐ書いてもらえるようだ。

だからむしろ肩書を手に入れるのは容易いけれど、それに随伴する実務を修得するのに時間がかかるといったところかな」

 

アン「そういうのをクソって言わないのかよ。ムズムズしてくるな」

 

シェパード「企業や役所、教団の人事部長なんてのは権威にとことん弱いのが常識だ。地位の高い人を不愉快にさせることを何よりも畏れるよう躾けられているから、相応のポストを準備することだけは実に素早くやる。

そう考えると、実は持ちつ持たれつの円満な共生関係なのかもしれないね」

 

アン「もういいよ。ムシャクシャすることがあったらいつでもあいつを標的にする。それでいいよな?

あとさき考えなくていいから楽でいいや」

 

シェパード「ほら、君にだって結局は良い結果になっているといえるじゃないか。すべて世は事もなし、というわけだ。

以上でだいたい、僕の知っていることは伝えた。あとは現場判断でまかせるよ。当面の脅威は無くなったから、せいぜい稼いでくれればいい」

 

アン「脅威は無くなった、か。

ねえ、ミセス・マクドナルドの後任でミス・ステイシーって先生が来てるんだけど、彼女について何か情報持ってない?教団でも教育省でもないところからこっそり送りこまれてきてるみたいなんだ」

 

シェパード「名前はアテにならないな。どうした、気になるタイプなのかい?」

 

アン「よくわからない。あけっぴろげなようでいて、はぐらかしも達人級。只者でないことは確かなんだけど、おれには攻め方がわからないんだよね。あんたに似てるとこあるよ。手強い」

 

シェパード「ずいぶん曖昧な問い方をするものだな。君らしくもない。

殺意を感じないのだったら、気軽に声でもかけてお友達になってみればどうかね。出会うスペシャリスト全員と必ずバトルしろなんて誰も言ってないだろう」

 

アン「ん?そうか。言われてみりゃ、その通りか」

 

シェパード「他人から見れば、君だってかなり謎めいた子供だぞ。

この子は、この村でなにをしているんだ?と尋ねられたら、どう答えるといいんだ」

 

アン「おれか。おれは、おたずね者だから、ほとぼりをさましてるんだ。

できれば今住んでる家の子として正式に迎えてもらって、新しい名前とプロフィールを手に入れて、純真無垢な人生を始めるのさ。

その準備が、やっと丸一年、経過したところだ」

 

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