緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§54.山賊風

マリラ「掃除してたんだよ。

アンの部屋の前まで来たら、中からカリカリッて音がして、変な匂いもするんだよね。それで、緊急事態だと思って、合鍵をとってきて、開けたんだ。

音の正体はネズミで、穴の向こうで壁を掻きむしっているみたいだった。一匹、腹を上に向けて、床に転がってた。その脇に試験管が転がって、液がこぼれていた。

匂いの元はこれか、と腰をかがめた途端、急に目の前がぐらぐらし始めてさ。

慌てて窓を開けて、よりかかって、外の空気を吸った。

頭痛はガンガンひどくなるし、廊下まで歩ききれる自信も無くて、どうしようどうしようってずうっと深呼吸してるうちに……落ちたみたいだね。

骨が折れてたって?2階の高さからでこれじゃあ、もっと高いところからだったら、まちがいなく死んでたよ。

やれやれ、困ったことになってしまったねえ」

 

マリラは一命をとりとめた。

アンに発見されてまもなく、マシュウのトラックに載せられ、スタンレーブリッジの病院へ運ばれたのだ。

電気ショックから胃洗浄まで、ありとあらゆる応急処置がとられた。片足を骨折しており、その手当ても必要で、即入院となる。

 

夜になって、マシュウとアンは、狭くて陰気な会議室へ呼び出される。

そこで当座の治療費と、入院が1ヶ月に及んだ想定での概算を提示された。

カスバート家の日常生活ではお目にかかれない桁数の金額だった。

ふたりは無言で帰宅した。アンは、試験管を蹴り転がした忌々しいネズミの死骸を片付け、今後同種の災難が起こらないようしっかり対策を施してから、窓と扉を全開にしたまま、眠りについた。

 

緊急事態なので、マリラの許可はあとからとることにして、朝食はアンがつくる。

山賊風で量もたっぷりの食事を終えると、マシュウもアンもなんとか落ちついた気分を取り戻していた。

すかさずアンは議題を提出する。

貯金はいくらありますか。病院への支払いは今日中にも済ませてしまいましょう。それでイニシアティヴを握るんです。早く治させて、とっとと連れて帰るんです。迷ってる余裕はありませんよ。ハリアップ!

 

マシュウは、通帳や家計簿のある場所も把握してなかった。すべてマリラにまかせっぱなしだったのだ。

埒が明かないので、強引にアンが主導権を奪い、午前中はひとりで探索と分析に専念する。

貯蓄は、呆れるほど、無かった。

マシュウ名義の口座で、一年ほど前から定期積立が行われており、これを解約すれば当座の足しにはなる。なるが、それで終わりだ。

この先収入が増える見込みは皆無。敷地を切り売りするにしても、誰が買うんだこんな土地を。

アンは自分が稼ぐしかないことを、もはやはっきり意識した。

そうと決めたら郵便局へひとっ走りだ。

シェパード商会へ電報を打つ。

 

戻ってからは、薬品と文筆でこれまで稼いだ額を算定し、それをもとに今後のプランニングを具体的に立てようとした。規模を拡大するとしたら、いまの部屋では限界なので、新しい工場をつくらなくてはならない。メアリ・ヴァンスから廃屋をひとつ譲ってもらうことも検討したが、彼女は製造にも管理にも向いてなさそうだから、単純にアンの仕事量だけが増えることになる。それはオーヴァーワークなので、できれば人材込みでの拡張をしたい……

 

次々と難関にぶちあたる。

アンが昨日まで手がけてきたことは悉く道楽の延長であり、こづかい稼ぎの感覚しかなかった。つまり、ありあわせの材料で作れるものだけを作り、それが売れたら喜ぼう。こんな気楽さでやってこれていたのだ。

ところが、いざ事業化するとなると投資が必要である。

初手から借金だよ。当然、返済計画が求められる。売れるものを生産せねばならない。

たとえば絶対に枯渇しないラヌンキュラス畑を持っていたとして、そればかり大量に精製して在庫過多になったらどうする。値崩れだって起こすし、廃棄処分にも費用がかかるんだぞ。

登記して税金を納める気なんてさらさら無いが、調査員が来たら煙に巻く準備だってしておかねばならんだろう。

これらすべてに一人で対応するなんて論外だから、人材の育成・維持管理および連帯もまた必要であることへ何度も立ち返る。

次第にへばってきて、金のあるところから奪ってくるのが一番簡単じゃないか。それなら独りでできるし。なんて思考に落ちつく。

よし、じゃあ銀行強盗のプランニングへ切り替えるか。

うわあ、めっちゃ捗るなあ。

たのしくてたまらん。

うひひ、うひひ、うひひ。

 

夕方、マシュウが畑から帰ってきた。アンは食事の支度をする。

食べ終えてから、定期積立の通帳を開いて見せた。

これを解約してよいかと尋ねる。

 

マシュウは、アンを睨みつけながら答えた。

「その口座に手をつけてはいけないよ、アン。

マリラがたとえ死んだとしても、それは運命だったとあきらめるべきなんだ。でも、そのお金は、それだけは、だめなんだよ。アン」

 

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