シェパード「そんな劇物を部屋で作っていた人物の責任は問わないのか?
僕には、そいつが一番の元凶であるように聞こえるんだが」
アン「真犯人はネズミだよ。死んだけどな。
あいつさえいなければ事故は起きなかったんだ。
いいよね?はい、その話は解決」
シェパード「ひどいな。死者に全責任をなすりつければハッピーエンドか。軽蔑するぞ、君を」
アン「おや。おじさんがそんな殺意を向けてくるの珍しいね。なにか厭な思い出でも?」
シェパード「権威を持ち始めた探偵が、商売を安定して続けるために常套化する手口だ。
事件現場に呼ばれたら、その場で最初に真犯人を決めておく。そいつに盗めるだけ、殺せるだけ、犯行を重ねさせ、最後に上前を撥ねて自殺させてやる。
こんな探偵が多すぎて、ウンザリしてるんだよ。
警察も、人気者相手だと逆らおうともしないしな。
ところで君は、そんな強烈な薬品をつくってたのか。原料は何だね」
アン「農薬の有機リン化合物を濃縮したんだ。売れそうならまた作るけど、あの部屋では金輪際やりたくないね」
シェパード「それより軽いのだって、やめておけ。
自室は常にクリーンにしておくんだ。歳入庁は、主たる住居を重点的に調べるものだぞ」
アン「へえ。ありがたい情報だね。心得た。
さて、そんなわけで当座の支払いと、今後の収益源について相談したいんだ。どうか助けていただきたいんですよ、おじさん」
シェパード「承知した。では、ここからは真面目に聞いてくれ。
まず病院への支払いだが、全額シェパード商会が立て替える。
ただ、請求額通りでは高すぎるように思えるから、明細を出させて交渉してからだな。そのとき君にも同席してもらいたい」
アン「マシュウじゃなくていいの?子供じゃあ不自然すぎない?」
シェパード「あのじいさんじゃあ丸めこまれるから、いてほしくない。
大丈夫だ、君も家族の一員で当事者たる条件は備えている。親族を代表して来ているという体裁だけ整えてくれ。
むしろ口を挟むな。商談は僕ひとりで進めるから」
アン「頼もしいことこの上ないね。おじさんて税理士か保険代理人の資格も持ってたんだっけ?」
シェパード「実戦経験はあるよ。資格は、必要ならばつくる。
そこまで粘ってくるほどの連中には見えないから、妥協点を提示してとっとと片付けてしまおう」
アン「余裕あるんだね。で、立て替えてもらったぶんの返済は、どのように?」
シェパード「貸付は、君個人に対しての契約とする。
カスバート兄妹へ説明し、納得させておいてもらえるか。今後、借金返済を口実に君があちこち出かけたり、学校を休んだりすることに、兄妹が協力的になるよう仕向けておければ好都合だ」
アン「大いに助かるね。香水をつくって売ってるんだ、くらいはこれまでも明かしてたけど、その事業を拡大してるって言いくるめよう」
シェパード「よし。では最終的な額面が確定したら、あらためて契約書を持ってくる。利息も計上するから、そこは覚悟しておいてくれ。
基本はこれまで通り、君の得意な薬物調合やレポート作成を、商会が買い取り対価を支払うという形にする。
ただ、今後はオーダーメイドが増えていくことになる。市場の動向と、販売戦略に沿って商品をつくってもらわねばならない。とくに納期は絶対だ。アマチュア気質とは訣別し、プロとしての仕事を求める。問題はないかね?」
アン「ない。
その環境を整えるため、広い作業場にすべて移して、そこを拠点にしようかと考えているんだけど。
おれのダチに、廃屋探索家がいるんだよね。彼女なら一番理想的な物件を見つけてくれると思うから、相談してもいいかな」
シェパード「仲間に加えたいということか。どんな娘だ」
アン「細かな工作は苦手ぽいけど、サヴァイヴァルのスキルはおれよりも上だね。常にフィールドを動き回ってるタイプだ。よければ次回、引き合わせるよ」
シェパード「ふむ、まかせる。じゃあ、さっそくだが新規で原稿依頼を一点、していいか」
アン「もう準備してきたのかよ。抜かりがないね。どんなの?」
シェパード「犯罪心理分析だ。
6月に、雑貨店の主人が背後から鈍器で殴られ殺された。7月に海岸で若い女性が絞殺されていた。報道では触れられていないが遺体の傍に鉄道時刻表が開いたまま置かれていたという不自然な共通項があり、連続殺人と見做されている。
警察からの依頼でこの事件を担当している嘱託探偵のマンションへ、昨日、犯人からの予告状が届いた。
本当に真犯人からなのかも含め、君なりの推理を述べてほしい。期限は48時間だ」
アン「へえ。これ、ホンモノの捜査資料のコピーかい。すごいね、商会はこんな仕事もやってるんだ」
シェパード「この探偵よりも先に犯人と接触して、仲良くなりたいのさ。
それだけの能力を持った人物だと僕は見込んでいる。探偵への復讐が目的なら、その手伝いだってできる。
これ以上は余計な先入観を与えることになってしまうから控えよう。じゃあ、よろしく頼む」