マリラ入院以降、ダイアナは頻繁にグリン・ゲイブルズへ来てくれるようになった。
アンとマシュウに食事をつくってくれたり、掃除や洗濯も手伝ってくれたりと、まるで通いの家政婦さんだ。
しかもSSSランクの料金をお支払いしなくてはいけない級の仕事ぶりを発揮してくれるものだから、アンはすっかり、やる気をなくした。
そして9月からは学校が始まる。
2ヶ月もの夏休みを毎日生徒たちと忙しく遊び回っていたミス・ステイシーはようやく、先生だったのだと皆からの視線を浴びる。
ステイシー「あー諸君、おはよう。
うーんと、きみたちのほとんどは、この村で、家を継いだり、ご近所同士で結婚して空き地に新居をつくったりとかして、ほのぼのと平和に暮らしていくつもりでいるんだろうと思うんだけどね。
はっきりと、そうしたいんだ!と思っているなら、それでいい。
でも、いっぺん外の世界を味わってくるっていうの、どうかな。
出てみたいと思ってる人、結構いるってのが、あたしの実感だ。でも家ではなかなか言い出せないし、都会では金ばかりかかるつきあいづらいやつらばかりだ、リタイアして戻ってきた先輩もいっぱいいるぞとか、そんな説教をされて、あきらめちゃうものなんだよね。
先生は、ちょっとそれ、もったいないと思うんだ。
そこで考えた。
とりあえず、今この教室にいる人は、来年の夏までここにいるよね。
一年間ある。したいことがあれば、先生は、応援します。一年かけて、がっつり準備してみよう。
んで一年後に、次どうするか、振り返ってみた上で決めよう。どうかな。
さて、何を言いたいかというと。
みんなにとってつまんない授業はあたしにだってつまらないんで、やりません。
ここで寝てるか、新聞でも読んでるから、なにかあったら声かけて。
騒ぐとドビンズ先生が来ちゃうから、叫びたい人は裏庭へ行ってちょうだい。
いいね、これが、この教室でのルール。
いいかな?
それじゃ、とりあえず今日はあたし、寝る。
おやすみ!」
皆、唖然とした。
だが、ああ、こういう人だった、ミス・ステイシーは。よかった、先週まで一緒に遊んでた、あのまんまな人だ。とすぐに理解したので、騒ぐ者も出なかった。
むしろ先生を起こしちゃったらかわいそうだと、努めてみんなヒソヒソ話していたのも印象的だ。
男子の半分あまりと、女子の数グループは、ボールやラケットを持って外へ出ていった。
すばらしい教育効果だと思わないかね。
思わないてか。ああ、そうですか。あんた都会モンだね。つきあいづらい連中だよ、まったく。
ダイアナは無償の家政婦業務でくたびれ果てていたので、遠慮なく、机で寝た。
アンはじっくりと原稿に集中できて、ありがたかった。
ふと周囲を眺めてみると、のっぽのギルバート・ブライスが頭を抱えているのが目に留まる。そういやこいつ、都会の学校へ行かされて、リタイアして戻ってきたんだっけ。
合計で2年ほど学業が遅れ、同い齢のクラスメイトとは話が合わなくなり、疎遠になって孤立する。見た目は悪くないと思うんだが、表情が乏しく、性格は絶望的に暗い。かわいそうな男だが、ミス・ステイシーの宣言に、思うところあったのだろうか。
自分で決めろ、と言われたら果てしなく悩んで底無し沼にはまりこんでいくタイプだよなあ。ああ、かわいそうに。
この時点で、アンは図書館の貸出カードを所持していた。
定期的に通っているうちミセス・フェルプスから信用され、特別に作ってもらったのだ。
マチルダは、借りても家へ持って帰れないからと辞退してあいかわらずミス・ジェニファーを使い倒している。
明日以降もこんな自習が続くなら、何冊か借りてカバンに入れて持ち歩こう。はかどるぞ。
そう考えてニヤニヤするアン。
やりたいことは、いくらでもある。一年もかければ、超絶な進歩を遂げる生徒だって現れるだろう。すばらしいことだな。
ミス・ステイシーがすばらしい先生なのかどうかは、いまいちよくわからんが。
マリラへの見舞いは、マシュウが2~3日おきに通っている。
「入院費はシェパード商会が負担してくれたから心配しないで早く快くなって」とアンから伝えられて以来、マリラは食事も残さず平らげるようになり、むしろ体重の増加と運動不足を気にしているという。
ちなみにマシュウ名義の積立口座については、こっそりマリラから聞き出した。アンが結婚するときの持参金にするため、マシュウがこつこつ貯めることにしたのだという。
マリラからきつく口止めされたので、その話題は二度と持ち出さないけれども、なんてバカなことをとアンは呆れた。
おれは嫁になんて行かねえ。
育てた牛を肉屋へ売るのに、なんで差し出す方が金を払うんだよ。どこまで前時代的な発想なんだ。
わからなくもないが、つきあいづらいやつらばかりだ。