緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§58.こわいものはこわいのだ

アンは、オトコがほしくなった。

 

体が丈夫で、持久力も確かなことが第一条件。第二に、口の堅さか。

顔はどうでもいい。優しさとかダンディズムみたいなのも、うざってえな。

浪費癖は好ましくないが、かわいげがあって限度さえわきまえていれば許す。貧乏に耐性がついている程度が、ちょうどよかろう。

こんなものか。

ずいぶん低姿勢な募集だ。誰にでもできる簡単なお仕事だぞ、諸君。

 

見渡せる範囲ですぐ候補に上ったのが、ギルバート・ブライスだ。

肉体的には申し分ない。友達に恵まれない性格なので、喋っているところも滅多に見ない。だがそれは口の堅さとイコールではないので、慎重に見極める必要がある。

それでは得意のプロファイリングで、この男の履歴書を埋めていこう。

 

ブライス家はアルバリーでも有数の林檎農家として知られ、広い果樹園を持つ。幼い頃から手伝わされていたので、木箱の3つ4つくらいなら軽々と担ぐそうだ。

背も高いので10歳を過ぎるとトラックを乗り回した。一時期トーマス・ソーヤーの子分になり、やんちゃな遊びも覚えたが、厳格な父親に引きはがされてハリファクスの寄宿学校へ転入させられる。

これが悲劇のはじまりだった。

 

村ではずっとちやほやされてきて、将来に何ひとつ心配事を抱かなかったギルバート。勉強もできたし、どんなスポーツも得意だった。社交的な性格。純朴にして、礼儀正しさもしっかり躾けられて送り出された。都会の女たちが放っておくわきゃないだろう。モテモテだった。

それがそのまま、ブサイクな先輩たちの憎悪を招く。

壮絶ないじめを体験したらしい。

来る日も来る日も容赦なく、いたぶられた。

家からの仕送りは届く端から巻き上げられた。寮内での食事には何を混ぜられても不思議じゃなかったから、水すら飲むことを恐れるようになった。

手紙を書く隙も無かった。

教師たちは、授業についていけなくなったギルバートへ、ねちねちと説教だけを与えた。

 

アルバリーの家族は時々送られてくる学友たちとの楽しそうな写真を見てすっかり安心していたようだが、一年目の春、彼が入院したと聞いてハリファクスへ駆けつける。そして、そのまま、連れて帰った。

 

実家へ戻ってからもギルバートはずっと見えないものに脅えてばかりだった。家から一歩も出ようとせず、やがて夏が過ぎ、秋となる。林檎の収穫期だ。ブライス家には季節労働者が何人も泊まる。毎年の光景。ギルバートはことさらに、かれらを恐れた。都会の寄宿学校に進むようなおぼっちゃまが紛れているわけなんてないよと誰しもが思うところだが、そんな理詰めで説き伏せられるなら苦労しない。こわいものはこわいのだ。

 

労働者たちが去っていったあと、ギルバートは家族と相談し、果樹園の隅に佇む作業小舎へと移り住んだ。昔、村全体がまだ活気あった頃、使用人夫妻を住まわせるために建てられた質素な庵である。

最近では物置として使われていたが、少々手入れをすれば若者が一人で暮らすには丁度いいくらいの空間だ。

邸内では全員が気を遣い合う。それだけで、なけなしのエネルギーが吸い取られてしまう。立ち直りたいから、しばらく一人きりでいさせてほしい。そんな風な決意表明をしたらしい。前向きな家庭内別居とでも言えようか。

食事の材料は邸から勝手に取っていくが、調理も片付けも自分ひとりですべてやる。そんな生活を冬春夏と続け、秋から小学校へ復帰することとなった。

アンがアルバリーへやって来て、初めて学校へ通うようになったタイミングと同じ。すなわち、去年のことだ。

 

高学年クラスの男子連中はほぼ全員が男同士でつるみ、その会話は甚だしくどこまでも低レヴェルで、耳が腐る。孤高のギルバートがアンの目に留まったのは至極あたりまえの現象だった。

仕事の助手および荷物運びに、これほどの適任者はいないんじゃないのかね。

さて、ではどうやって口説き落とすかなんだが、とっておきの秘策がある。

ダイアナがどうやらギルバートに片想いしているので、積極的に応援して、くっつけてしまおう。

おお、これで全員がしあわせになれるんじゃないか。完全解だ。ヒャッホウ。

 

10月になるとミス・ステイシーの授業スタイルもすっかり定着していた。

騒がないことだけを基本ルールとして、全員が、各々したいことをする。

外で毎日ひたすらボールを蹴っている奴はめきめき筋肉をつけていくし、読書派は机にコレクションを積み上げて同好の士と貸し借りをマメにやってる。本格的に進学をめざして勉強している頑張り屋さんも、ちらほら。

ミス・ステイシーはよく高度な質問をされ、そのたびにクロスワードパズルを中断して黒板に要点を書き並べ、真剣につきあってあげている。

面白い光景だ。これが学校というところなんだな。先生次第って気もするが。

 

この最後の勉強派グループに、ダイアナとギルバートが属していた。

ふたりをくっつけるのなんて造作もないさ。

アンは余裕を感じつつ、今日も机で静かに眠る。

 

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