メアリ・ヴァンスは近頃よく学校へ来る。
ドビンズたちが参照できる名簿に彼女の名は無い。そもそも州や村に属していることを証明する住民票さえ持っていないのだから、生徒にも先生にも、小間使いだってなれようはずがないのだ。
しかしヴァンスはどこから見ても高学年クラスの一員として、友達や先生と屈託なく遊んでいる。
いったいあの子は何者なのだろう。
おばけかもしれないね。
実に愛嬌のあるゴーストだよ。
ゴーストなら何の問題もない。出没したいところへ、気のすむまで居てよいという特権を持つからだ。なんと便利な説明だろう。
しかし万人を納得させるには何かが足りないように思われるので、もう少しディテールを掘り下げてみることにする。
ヴァンスは可愛い服を何着もコレクションしているが、すべて盗んだ品であるため、元の所有者と遭遇するおそれのある場へは着ていかない。
だから、アンが提供した。今も時々ブリュエット家から届けられる衣裳や服飾品が相当あって、特に可愛いものは試着もせず全てヴァンスに献上したのだ。
するとヴァンスも見せびらかしたいから日中よく外を歩き回るようになり、楽しめそうな場所のひとつが、アンやダイアナのいる学校というのも自然な流れとなる。
身体能力が優れていたからスポーツチームの勧誘攻勢にも晒されたし、当意即妙なリアクションをミス・ステイシーから気に入られて教室へも入りびたるようになった。
ドビンズや職員にとっては、予算をもらうために申告する生徒数に含まれない者が勝手に居座っているわけだから、追い払おうとしてもいいように思う。ところが、気付いてもいないらしい。
やはりゴーストみたいである。
大人には見えないんだね。かわいそうに。
ヴァンス「アン。マンドレイクが何株か順調に発芽したから見においでよ。立ち枯れも多いんだけどね。なかなかデリケートな作物さまだ」
アン「ヘスター・グレイ基地かい?わかった。明日、時間をつくって見に行くよ。
そうか、難しいのか。同じナス科のダチュラなんてどうだろうね。種蒔きは春だってよ。来年、挑戦してみようと思うんだがどう思う?」
ヴァンス「次々とよく見つけてくるねえ。アタシは、マンドレイクを一人前に育ててみせるところまでは、浮気せずにやってみたいかな。
これだけ手間がかかるとさ、やっぱり愛おしくなってくるもんだよ」
アン「負担になってないかい?」
ヴァンス「ちっとも。放浪癖が冬眠に入るくらい夢中でやってるから、心配しないでくれ。
アンこそやつれてるぞ。もっと体を動かせ。あと、しっかり寝ろ」
アン「わかっちゃいるんだけどさあ。シェパードに借金してるうちは、不安につきまとわれちゃうんだよ。
早いとこ黒字化して心の重荷を取り去りたい。そのためには、もっと収益性の高い商品が必要なんだ。てことはつまり、誰でも思いつけるようなことばかりやってちゃダメなんだよ」
ヴァンス「商売してるやつらってのはさ、みんなそんな風に、追い立てられてるものなのかな」
アン「程度の差はあれ、そうじゃないかと思うよ。この村ではあまり見ないが、都会の一等地に住んでる男どもの中には、そんな気迫を纏って生きてるやつらが結構いるんだ。
まさかこんなシンパシーを感じる日がくるとは、思ってもいなかったが」
ヴァンス「なんでそんなのと張り合おうなんてするかね。
アタシたちゃ小娘なんだぜ。もっと齢相応に生きていけばいいんじゃないの?」
アン「男と本気で抗争したら、女に勝ち目なんて無いよ。そこは自覚してるし、だから張り合う気もない。
敢えて言うなら、少女だから少女らしく生きようってのはおれの信条に反することだ。
どうしたヴァンス、春に出会った頃のおまえは、もっとどぎつくギラギラしてたぜ。まるであの頃の野性味を忘れちまったみたいじゃないか」
ヴァンス「なんだとてめえ。アトロピン一服盛ってやるぞ。今のアンなら林檎5個も食わせたらあっさり死ぬだろ」
アン「林檎の種はシアナイドだ、ばか。致死量は3000グレーン。おぼえとけ」
ヴァンス「あいかわらず数字に強いお嬢様だねえ。ま、ゴタクはいいから今日はしっかり食ってぐっすり寝ろや。
そんで明日、マンドレイクを愛でに来い。かわいいぞ。
それを見て、半年前の不思議ちゃんだった自分を思い出せ」
アン「そんなもんが、1ペニーにでもなるならな。
それよりも空前絶後のヒット商品を生み出したいよ。画期的な新薬をだ。
きっと、成功をこの手に掴むためにはもっともっと研究して、あらゆる可能性を試していかなきゃならないんだろうなあ。
時間が、いくらあっても足りない」
ヴァンス「アタシにはそれ、トチ狂った野望にしか聞こえないんだけどな。
稼ぎたいのか、発明をしたいのか、どっちかに絞れよ。とりあえず。
ともかく今日は寝て、明日は休め。
言っとくけどヘスター・グレイへ勝手に来るなよ。また新しい罠を設置しといたからな」