緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§62.どう着地させるのやら

『若きウェルテルの悩み』

1774年に発表されたドイツ語小説。画期的ゲーム小説『ピルグリム・プログレス』出版から約100年後である。

 

ウェルテルは恋愛小説の指南書に必ず登場するほど有名で、たいていの図書館に英訳本が収蔵されている。だからマチルダは安心してリクエストした。

ミス・トランチブルは頬を紅潮させながら借りてきてくれた。

 

マチルダ「2回読んじゃった。よくわからなくて」

 

アン「マチルダでもわからないほど難しかったの?」

 

マチルダ「犯罪実録系のサスペンスなら何冊か読んだことあるんだけど、自殺した狂人の手記っていうのにはあんまり耐性なくて。

ずっと気持ち悪い描写が続いて、後味もひどいの。こういうのは一回きりだと却って印象にのこっちゃうから」

 

アン「ん?恋愛小説じゃなかったっけ」

 

マチルダ「世間ではこういうのを恋愛って呼ぶみたいだよ」

 

アン「ドイツ人は凝り性らしいからなあ。で、ストーリーみたいなものはあるわけ?」

 

マチルダ「ウェルテルというのが主人公。二十代半ばの男性。

実家を離れて公使館の役人見習いとして赴任してくるんだけど、故郷の親友へ日記のような手紙を数日おきに送りつけるの。

この親友が実在するかは不明。すべて主人公の妄想かもしれない」

 

アン「怖いな。300年近く前のサイコスリラーかよ」

 

マチルダ「赴任先で知り合った友人、アルベルト。彼にはロッテという婚約者がいて、この二人はウェルテルになにかと世話をやいてくれる。とくにロッテは花嫁修業の優等生だったから、童貞のウェルテルをたちまちメロメロにさせちゃうの」

 

アン「童貞なんだ。ウェルテルは」

 

マチルダ「たぶん。あたしは、兄のマイケルを見てきたから雰囲気でそう感じるの。

ウェルテルは朝から晩までオナニーしてるはずなんだけど、手紙では一切そこに触れること無く、上品ぶった報告だけするの。男同士なのに。

恋愛小説って言われてるだけに、そこが現実味乏しいのは不思議なんだけどね」

 

アン「そうだよな。そこを隠してちゃ、恋愛衝動が生まれるはずないからな」

 

マチルダ「手紙は最初のうちからロッテの観察日記みたいなものなんだけど、これがひたすら気持ち悪いの。

そのうち、アルベルトとロッテは正式に結婚するんだけど、その知らせがウェルテルには送られてこなかった。あの二人もう一緒に暮らしてるよ、と町の噂で聞いてからは一段と狂気をこじらせていくわ。

外では朴訥な仮面を被りつづけていたと思うんだけど、手紙には呪詛と憎悪がのたうちまわるの」

 

アン「よくそんなの2回も読んだな。投げ捨てたくならなかった?」

 

マチルダ「図書館の本よ。大切に扱います。それに、どう着地させるのやらって気になるじゃない。

ちなみに、つまらない本を読み抜けるテクニックなんだけど、退屈な部分はどんどんとばして、とにかくゴールまで走りきるの。そのあと2周目で補完するのよ。じっくり1回だけ読むより、ずっと精神的にも楽よ」

 

アン「へえ。今度ためしてみる。で、ウェルテルはどうなっちゃうの」

 

マチルダ「自殺を決意して、くどくどと遺書をつくるのね。こんなのロッテに読ませないでよって涙目になっちゃうくらい、独りよがりの絶頂よ。

そして、下男に命じてアルベルトからピストルを借りさせてくるの。旅行に出るときは護身用に貸してもらうって約束を、知り合った頃にしておいたのね。

その夜、自分を射つ。

銃声が轟いたけど、付近住民は気付かず。翌朝になって発見され、まだピクピク動いてたみたい。アルベルトとロッテ夫妻が駆けつけた時も死にきってなくて、正午近くにようやく絶命。牧師は祈禱を拒んだわ」

 

アン「そりゃ自殺だからな。聖書で禁じられた行為だ」

 

マチルダ「おしまい」

 

アン「ひでえ。最低だ。よくこんな小説書けるな。悪魔の仕業か」

 

マチルダ「ウェルテルはたっぷり苦しんだわけだし、作者だって死後200年以上も羞恥プレイさせられてるわけだから、ある意味、因果応報よね。世間ではこういうのを恋愛って呼ぶみたいだよ」

 

アン「わからねえ……思てたんと違う。違いすぎる。いったい、恋愛って何なんだ」

 

マチルダ「ダイアナとギルバートは順調なの?まさかウェルテルと同じことはしないと思うから、そのうち本人たちから教えてもらえばいいと思うわ。

古典は所詮、ひとつの参考例でしかないものだから。あたしもあんまり引きずりたくないし」

 

アン「おれも忘れよう。いや、うっかり読んじまうと大変だから、作者の名前だけ忘れないようにしておきたいな」

 

マチルダ「ヨハン・ヴォルフガング。でもドイツではありふれた名前みたいなのよね。

ちなみに、同じ作者のファウストってお芝居ならテレビで見たことあるわ。けっこう面白かった気がするんだけど、あれもそういえばヒロインがとことん虐め抜かれて不幸になるの。作者のヨハン氏は、絶望的なまでに恋愛が苦手なのかもしれない」

 

アン「わからねえ……指南書つくる連中てのは、中身をちゃんと読んでるのか?」

 

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