緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§66.たとえば、フリルのスカート

もう12歳だ。背だって伸びてくる。

新しい服や靴が欲しいじゃないか。

颯爽とおしゃれをたのしみたいじゃないか。

 

同級生の女子たちを見ていると、ハラハラさせられるような冒険をしがちな娘が多い。

田舎だから服は買うより作るものという常識が普及していて、ペダルが踏めるほどの身長になると母親からミシンの使い方を教わるというのが一般的な相伝術式だ。

はじめのうちはゴテゴテ飾りたがり、さすがに着て出られない。そんな失敗、誰もがやらかす。

自分というキャラクターを最も引き立てるコーディネートがひとつ見つかれば、それを基本軸にしてヴァリエーションを増やしていくというのが定石だろうか。

この段階になると、共通点も相違点もはっきりしていてシビアな批評をし合える友人がいるかどうかで、磨きのかかり方に大きな差がつく。

ダイアナはそんな競争相手を欲していて、メアリ・ヴァンスがまさしくその役に嵌まった。

 

親しくなると、ヴァンスにはとんでもない特技が備わっていることを知る。

早着替え。

服屋でも、忍び入った家のクローゼットでも、擬態するためのコスチュームを瞬時に選択して装着し、通行人になりすまして立ち去るのが得意だ。

男への変身だってお手のもの。

当人曰く、衣裳に合わせて一番違和感のない喋り方や振る舞いに自らを溶けこませるのだそうである。

 

お嬢様育ちのダイアナにはそんな発想が無かった。

長い黒髪に象徴される、ダイアナの女性らしさ・おしとやかさにヴァンスは強くあこがれるのだけれども、ダイアナもそれに負けず劣らずヴァンスの変身・なりすまし能力に惹きつけられてやまない。

ふたりの間にはガチの友情が芽生えた。

気がつくとアンは置いてきぼりをくらっていた。

 

アンはおしゃれに目覚めた経験が無い。

物心ついた頃から、運動しやすい実用性一択だった。臭くなってきたら、新しいのを盗んだ。

たとえば、フリルのスカートなんてものは虐められたい愚か者が身につける道化服さという認識だ。

しかしさすがに一年半も家庭暮らしを味わってきて、からだも成長してくるにつけ、自分は女の子なんだよなあというアイデンティティも持ち始めてきたところなので、最近は少々悩むようにもなった。

しかしまだまだプライドがゆるさない。

やつらの轍は追わないが、自分の足でしっかりと踏みしめてゆける道が無いか、どこかに。

 

そして標的に選ばれたのが、マシュウだ。

もはや枯れ尽くした童貞じいさん。この先いいことなんて待っちゃいない。生活能力を欠いており、一切合切を妹に頼りきり。

作業着も室内着も、いったい何十年のつきあいか。

よそゆきと礼服を一着ずつ持っている。さすがにマリラが恥をかきたくない一心で丁寧にツギを当てているから、マシに見える。

お棺に入れてあげるときは、どちらかを着せてやるのかしら。

本人は、いちばん馴染んでいる作業着を所望すると思うのだが。

無理だな、マリラにそんなロマンは通じまい。

 

さて何を言いたいかというと、アンの周囲で、牛や鶏まで含めても、一番おしゃれに縁遠い生き物といったらマシュウである。これほど慰められる存在もなかろうというものだ。

高みをめざさないと決めたアンは、自分よりも低い底辺を這いつくばっているマシュウをかわいがることにした。

誰に見せるわけでもなく、だからこそ大胆な実験ができる。おしゃれとはなにか。そんなもので人は変われるのか。

人類のほとんどには何を言ってやがるんだかでも、アンにとっては大きな一歩だ。

マシュウが常に堂々として見えるよう、細かく気を配った。

用が無くても時々納屋までやってきて、かいがいしく働くマシュウに優しく声をかける。

洗濯は足を使うので今ではアンの仕事だったが、マシュウの服は特にゴシゴシとよく洗った。

部屋へ入る許可もようやくもらって、暇さえあれば掃除した。窓辺に飾られる花はいつだって瑞々しく、マリラの部屋よりも芳しい香りに満たされた。

 

一般家庭で少女がとつぜんこんなことをし始めると、男性は恐怖する。

いったい何を買ってもらいたいのだと不安になって寝つきが悪くなり、日頃の行いが悪い者ほど発狂する危険が高まる。

だがグリン・ゲイブルズにおいてそんな心配は皆無だった。

収支も貯蓄も審らかにして家族会議を重ねた。アンが香水事業で得た利益を家計に充当させることを、感情論ごときで拒絶などさせなかった。

だから純粋に、アンは家の中を明るくしようとして、やっているんだよねと解釈された。

マシュウもマリラも、アンの努力に報いなくてはならない。それはすなわち、何かをされたら堂々とありがたがり、ポジティヴに喜んでみせよということだ。

ちっとも難しい話じゃないだろう。

 

やがて春の訪れだ。

マシュウはスタンレーブリッジへ、牧草の種や熊手などを買いに出かける。

いきつけの店だったが、従業員の娘さんたちに大層驚かれたらしい。あの、あのマシュウが、見違えるほどダンディなおじさまになっていると。

「好きな人でもできたの?としつこく訊かれてうんざりしたよ」と帰宅後いつまでも顔をにやつかせているマシュウを温かいまなざしで見つめながら、アンは結論する。

おしゃれは人を変える。

それから、笑いももたらす。

 

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