冬休みに入る前、アンは読書ができなくなるマチルダに、小説でも書いてみたら?と勧めた。
アン「フィクションもノンフィクションもいっぱい読んできたんだろ。自分でも書いてみたいって思ったことだって、あるんじゃない?」
マチルダ「家でテレビドラマを音だけ聞いてるときは、もっとうまく表現すればいいのにとか、そこまでセリフで説明しちゃうのは視聴者をバカにしすぎよねとか思うこともあるけど」
アン「同じようなパンチを、本に対しても、するもの?」
マチルダ「むつかしいなあ。そんな風に気が散ってくる本だったら、読むのやめちゃうもの。
小説を書くには、まだ早すぎると思うの。今はまだまだ冒険して新しいものと出会うことに夢中だから。
でも、せっかくだからもっと相談に乗って。
冬の間、家の中で、見つかっても怒られない遊びって何があるのかしら」
アン「むつかしいなあ。子供が静かに勉強してたら感心する大人の方が多いもんじゃないのか?」
マチルダ「よそはよそ、うちはうち。
パパもママもインテリゲンチャをそれはもう目の敵にしているの。笑いどころの無い詩を書いているだけでもノートを引きちぎられると思うわ。
テレビの音がうるさすぎて眠れない、なんて言ったら、もっと鍛えなくちゃならん!とますますヴォリュームを上げるの。うちはそんな家庭」
アン「マチルダはそんな家を飛び出したいって本当に思わないの?」
マチルダ「家出するイメージが思い浮かばないの。こんなノリの悪い娘をよくも我慢しながら置いてくれてるわってこれでも感謝してるんだし。
テレビを面白いと感じられる秘訣があれば知りたいくらいよ」
アン「小さい頃はテレビ大好きだったんだろ?」
マチルダ「好きだったんじゃないかなあ。少なくとも両親や兄を見ているよりは、ずっと多くのことをテレビから学んだわ。
今はあたしの方が賢くなっちゃったみたいなの。
あこがれのボーイフレンドがどんどん劣化していく姿って、見ていたくないものよね」
アン「いずれ、本に対しても同じこと言いそうだな」
マチルダ「あたしの愛読書たちは、作者が死んで100年以上経つものばかりだから、さすがにこれ以上腐っていくことはないんじゃないかしら。
たとえ主人公が現代の基準ではサイコパスだったとしても、あれはこの先もずっと恋愛小説として読みつがれていくと思うの。書評の切り口だけは、ちょっとずつ変化していくのかもしれないけどね」
アン「書評か。ん?書評……
マチルダ、書評なら書けるか?
冬休みの間なにをするかって話だよ。一冊につきメモ用紙一枚程度の分量なら、家族からも隠しておきやすいだろう。
今まで読んできた古典を、マチルダのナビゲートで紹介していくガイドブックをつくる感じでさ。
そういうの、おれ、すごく読んでみたい」
マチルダ「そんな発想はしたことなかったな。
タイムトラヴェルのガイドブックね。いいと思う。ちょっとまだ切り口が思い浮かばないけど、ゆっくり考えてみるよ。
きっと時間ならたっぷりあるから」
ふたりは、そんな話をしていたのだった。
さて離れ離れだった間、マチルダはいろんなメモを書いて、ためこんでいた。
どうにもまだ納得のいく形には辿りつけないようだったが、貴重な体験がいろいろできたという。
アン「手書きでよくこれだけ小さな字を詰めこめるな。
それにしても意味がわからない。詩なの?これ」
マチルダ「思ったままをただ吐き出していっただけよ、気にしないで。
それよりあたし小説を書くのは向いてないと思ったの。
普通、小説には登場人物が必要よね。その中でも出番が多くて、作品によっては作者が代弁者として重宝するキャラクターを主人公と呼ぶわ。……まだ話してていい?」
アン「ちゃんと聴いてるよ。止まらずに進んでくれ」
マチルダ「作者と主人公の関係性は様々だけど、このバランスが崩れると物語は破綻するの。
たとえば英雄譚で、主人公をどんどん強くさせていきすぎちゃうと、作者の技量では描ききれなくなってくるわ。
それでも同じ世界の延長でしか物語を紡げない小説家は哀れよね。
自分が生んで育てたはずの子に、死ぬまで奉公させられる人生みたいなものかしら。
そこで、幸福な小説家になりたいのであれば、登場人物たちとの関係を良好に保ち続けるマネジメント能力が必要になるの。現実世界で家庭や組織を円滑にさせるマネジメント能力とは少し違うかもしれないけど、基本は一緒のはず。
そこまで考えたとき、わたしは、どうしても両親の姿が頭から離れなくなるの。
ミスター・ハリー・ウォームウッドのマネジメント能力または支配力が絶対過ぎて、あたしには立ち向かえない。
それと同じことを、自分の小説の中で登場人物たちに強いることができるかって考えちゃうの。
できないわ。だからあたしに小説は書けないと思うの。
おしまい」