ミス・ステイシーの教室では、誰もが各々、したいことに精魂を費やす。
その中から、音楽をやりたい、バンドを組みたいと情熱を賭けるグループも何組か現れた。
バンドとは聊か古臭い。
複数人が時間を決めて集合し、パートによっては重くて嵩張る楽器を運んで組み立て、たどたどしい手付きで大きな音を奏でる練習を積み重ねるなんて、現代ではよほど恵まれた人にだけ許される道楽だろう。
しかしアルバリーでは過疎のおかげで近所迷惑という難題が回避できたし、電気事情が悪かったからデジタル・ミュージックという選択肢の方が寧ろ敷居が高かった。
しかしそんな村で生まれ育ったからといって、子供たちがいまどきフォークソングにときめくなんてありえないのだ。ちょっと町へ出れば、最新の音楽に触れる機会はいくらだってある。
背伸びしたい齢頃にとって、心に響く楽曲と寝ても覚めても戯れつづけていられる贅沢とは、なにものにも代えがたい欲求だ。
昨年までならいざ知らず、今季は羽ばたくチャンスを与えられた。
さあミス・ステイシー、わたしたちに助言をください!
先生「どんな曲を選んだらいいかって?
おいおい、そんなこと他人に訊いてどうすんだ。
すでに君たちには好きな曲があるわけだろう。それから始めろ。
とにかく追いつけ。もっと気になる曲が現れたら、次々と乗り替えていってレパートリーを増やせ。
なんで初めから他人に意見なんか求めるんだよ」
生徒C「でも先生、同じ始めるなら、オーディエンスが一番求める曲からマスターしたいですわ。
誰も知らない曲では、拍手だって響かないですもの」
先生「流行りの曲をそこそこ器用に真似できたからって、響く拍手は君たちへのリスペクトを含んじゃいないからな。
そのスタンスだと、まちがえないことにばかり注意が向く演奏法が身についてしまう。
あたしは、おすすめしないね」
生徒D「ハチャメチャでもいいということでしょうか?それでは基本を疎かにしてるような気になります。
私たちは音楽を一生の友とし、できればプロになりたいというアンビシャスを抱いているのです。もっと真剣に教えてください」
先生「そう。そのくらいハチャメチャな夢を持ってりゃいいのさ。
音楽に限らず、プロになれば何よりも家族とスタッフを食わせていかなきゃならないから、金のことしか考えられなくなるぞ。だから向精神薬も必要だし、広告代理店に死ぬまで媚を売ってなくちゃならないんだ。
音楽を穢したくないのなら、その道にだけは進んじゃダメだ」
生徒E「むつかしい議論はいいよ、もう。時間がもったいないから練習しようぜ。
でも先生、オレはやっぱりアーティストになりたいんだ。プロとして認められたいし、いつか自分の創った曲で世界を変えたい。
それを成し得た先輩たちって、いったい何が違うんだろうね」
先生「それをあたしに訊くのがお門違いだってことはわかってんだろ?
でも、たとえばあたしが尊敬しているミュージシャンの話をしようか。
その人は、オトナたちからボロクソにいじめられていじめられて、生きる価値も無いかの如く蔑まれ続けて、会社を辞めてずうっと引きこもりやってたんだ。
ある日、母親が朝食届けに行ったらベッドで死んでたんだけど、安らかな寝顔だったってよ。
あたしは形見分けに、ノートパソコンをもらった。
2年近くかけてパスワード解除に成功して、そいつが死の前日までつくりつづけてきた何十曲ものソナチネやノクターンを発見したんだ」
生徒F「え……先生はその曲を、どうしたんですか?」
先生「専用のアカウントをつくって、動画サイトで無料公開している。
毎日誰かが聴きにきてるよ。同じような境遇の人には、魂が共鳴するのかもしれないねえ」
生徒G「公開してるんですね?聴いてみたいです」
先生「こんな紹介から入ると必ずそう言われるけどね。広告屋の手口だ。あたしはそんな穢し方をしたくないんだよ。業者もよくコメントつけにくるが、速攻で削除する」
生徒A「その人は以前から作曲をやってたんですか?バンドとか、音楽ライターとか、そんな素養を持っていたんですか?」
先生「人づきあいが超絶苦手なやつだった。楽器だって持っちゃいなかった。
でも、好きで好きでたまらなかったんだよ。まちがいなく。
ある種の才能は、こんなところにしか宿らないというのが今でもあたしの持論だ」
生徒B「バンドつくってステージに上がって、みんなからキャーキャー言われたいっていうのは、先生から見たら、軽すぎますか」
先生「君がそうなりたいのなら全力で挑め、ってことは言うよ。人にはそれぞれのスタイルがある。自分を最大に本領発揮させられるフィールドを見極め、切り拓け。ってところだね。
ウケるためにどんな曲を選ぼうかって発想だけは迎合主義以外のなにものでもないから、全否定してやるが」
生徒C「こう言えばよかったのかしら。私は音楽が好き。お金も大好き。好きで好きでたまらないものをすべて手に入れるために、バンドを始めるの。さあ練習に行きましょう!」