緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§70.いつか暴露本でも

いまさらだが、アン・シャーリーは赤毛である。

これは彼女にとって強いコンプレックスのひとつだった。

 

赤毛といえば淫乱で喧嘩っぱやく、先天的犯罪者傾向を示す特徴であるというイメージが普及している。

昔むかしの地中海周辺ではほとんど見られなかった遺伝形質で、ローマ共和国人が北進すると手強い先住民の中に稀に見つけるものだった。侮蔑を込めた報告が多数記録されたので、これが差別のルーツであろうか。

16世紀以降になると、芝居で乱暴者や嫌われ者を意味するアイコンとして定着し、やがて吸血鬼や魔女とも一体化した。

マリア・マグダレナが赤毛でなければしっくりこないという人、いまだに多かろう。

聖書には言及が無いのでプロテスタントなら無視してもよさそうなものだが、赤毛以外で塗ると発注者から修正を求められるのはおそらく全世界共通だ。

 

赤毛は遺伝形質ではあるが発現は珍しく、いわゆる劣性遺伝子であると説明される。

このネーミングもよくない。目立ちたがり屋が優性で、おとなしめなら劣性だと。まるで広告屋基準ではないか。おまえこそ五月蝿いからすっこんでろ。

とまあ、生まれながらに侮蔑されて生きてきたら喧嘩っぱやくもなっちゃうだろ。

それが赤毛なんだ。せいぜい、うらまれないようにしなよ。

 

マシュウの運転で、マリラは病院へ定期検診に行っていた。

戻ってくると、アンがなかなか部屋から出てこない。夕食の支度もしていない。

おかしいねえ、とマシュウが扉をノックすると、ずいぶん時間をかけて、アンが出てきた。

髪がヘドロのような濃緑色に染まっている。

マシュウの呼吸は止まりかけ、夕飯の支度は更に遅れた。

 

アンの陳述によると、留守番中に来客が訪れた。黒髪で、淡黄色のキャラコを着た美少女だった。

行商をしており、なにか買ってほしいという。

拒絶すべきだったのだが、つい話を聞いてみたくなり、招き入れた。

 

アン「レベッカっていうのか。なら愛称はベキィだ。ベキィでいいかい?」

 

ベキィ「恐縮だわ。私、エクセルシア石鹸から派遣されているの。ここで実演してみてもいいかしら?」

 

アン「アンクル・サムの企業だよね。アビグウェイトに支社は無かったはずだ。どこで仕入れたんだい?」

 

ベキィ「詳しいのね。

私、サニーブルック牧場で生まれて、いろいろ経由して、このたびパークコーナーへもらわれてきたの。

アンクル・サムにいた頃からエクセルシアの販売員をやっていたんだけど、引き続きこちらでも売って回りますという契約に更新したわけ」

 

アン「自分には向いていると思ったから?

それとも、抜けられない理由があって?」

 

ベキィ「なんだか怖いわ。アン、何を知りたいの?」

 

アン「エクセルシアは連鎖販売商法で成功した会社だ。

販売員は、行商スキルがあると見込んだ顧客をどんどんチームへ勧誘して、ピラミッド型の組織をつくる。

各販売員は個人単位で仕入・販売・報告をして、実績に応じた報酬をエクセルシアから受け取るが、その他に賞与も支払われる。

ピラミッドの上層に立つ販売員は、自分より下の階層者への指導代・管理手数料として、かれらの稼ぎに応じたボーナスをもらえるんだ。こちらの方が、実入りを大きく設定されている。

つまり、早く始めて下にどんどん子分をつくった者ほど、その手下たちの働きで遊んでても収入を得られる仕組みだ。

エクセルシアはこのシステムを会社ぐるみで徹底させている。とってもユニークだね。

さて、アビグウェイトは処女地で入れ喰い状態だから、君なら大チャンスだと思ったんじゃないかな?という興味をそそられてるところなんだよ」

 

ベキィ「あなた、ここの住民じゃないわね。どこから来た人?エクセルシアで働いていたことがあるの?」

 

アン「ニューブランズウィック州になら、販売員がいたな。ゲスな元締めだった。勧誘されたが、あのチームには入りたくないと思ったよ。

でもまさか、こんなド田舎の村にまでエクセルシアが現れるとはね」

 

ベキィ「モンクトンのグループかしら。噂は聞いてる。

この商法の弱点は、本社が指導員をよこさず、ぜんぶ下に任せっきりで押し付けていく構造だから、バカな奴が途中に入ると、そこから下がルールをデタラメに覚えていくことなの。

だいたい最初は先輩から不良在庫を押し付けられるところがスタート地点になるから、いかに売るかを考えるより、すぐに手下をつくることが最優先課題になっちゃうの。

それでもよほどの猛者でなければ借金だけつくって逃走よ。逃げ切れるかどうかもチームの上部次第だけどね」

 

アン「そこはだいたい聞いていたとおりだ。いまの感じだと、ベキィも相当苦労してきたんだろうね」

 

ベキィ「いつか暴露本でも書きたいわ。でも、たしかに、アビグウェイトへ来られることになって、今まで培ってきたノウハウを全部捨てるのももったいないなあって思ったの。

この州には大した産業も無いから、養父の仕事が怪しくなれば、また身売りでもしなくちゃならなくなったりして……と考えたから、エクセルシアを続けることにしたわけよ。わかってもらえる?」

 

アン「同情はする。邪魔はしないから、この島でやれるだけやって、財産をつくったらいい。おれは本業で忙しいから君のチームにゃ加わらないが」

 

ベキィ「アンって不思議な子ね。今日はありがとう。よかったら石鹸置いていくわ。サーヴィスよ」

 

アン「そんなこと言っちゃダメだ。商品は商品として扱え。

それと、おれは石鹸よりもこいつが欲しい。

この毛染め薬、効くかい?」

 

ベキィ「お目が高いわね。15ドルいただくわ」

 

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