緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§72.花の香りに包まれながら

白衣の男が、森の入口にたたずんでいる。

 

しばらくキョロキョロしていたが、何かを察したようだ。

彼はエゾマツの幹によりかかり、両手を上げて非戦のポーズを示す。

すると、少女も姿を現した。

どちらも驚きの表情を浮かべる。

 

男「なにやってんだ、こんなところで」

 

女「そっちこそ。なにやってんのよ、こんなところで」

 

虫にたかられるのも御免だし、繁みの奥にある廃屋へ辿りつくには幾重もの罠を解除しなくてはならない。男は車に乗ってきたので、とりあえずドライヴでもすることにした。

町へ行けばカフェもある。積もる話に花でも咲けば、お洒落なディナーも悪くない。

ではレッツゴー。

 

男「ルシラでいいかい?それとも今は別の名前がいい?」

 

女「いいよ、それで。あんたはなんて呼ばれてるの」

 

男「イグナティウスで通ってる。この村に住んでるんだよ。一週間ほどフレデリクトンへ出張してきたところでさ。休暇をぶらぶら過ごしてたところ」

 

女「回りくどい話はいいから。あそこで何を探ってたのか言いなさい」

 

男「花の香りを嗅いでたんだよ。あれだけ芳醇なラヌンキュラスの群生地は珍しい。君が育てたのかい?」

 

女「ちっ。ド変態め」

 

男「うれしいねえ。なにか手伝わせてもらえるなら、もっとうれしい」

 

女「何が目当てなんだよ」

 

男「うーん。

特に無いなあ。僕はほら、リアルが満たされてるから。見返りはいらない。楽しければそれで充分」

 

女「仕事はあいかわらず、アレなの?」

 

男「アレでお金がもらえるんだもの。ありがたい限りだよ。フレデリクトンの話、聞きたい?」

 

女「語りたいんだろ、語れよ」

 

男「生徒数2000ほどの高校で、マシンガンの乱射事件が起きたんだよ。大勢の生徒が亡くなった。そこで、検死のできる医師が狩り集められたってわけ。懐かしい顔もいっぱい来てたよ。葬儀屋連中の入札も大変だった」

 

女「犯人はどんなやつら?」

 

男「4年生の男の子ふたり。プロムでお相手にありつけなくて、やけを起こして大暴れしたらしい。連邦の突入部隊と撃ち合いもして、最後は自殺したね。さんざんテレビでやってたんだけど、見てないか」

 

女「アルバリーには電気きてないだろ。電波は飛んでんだろうけど」

 

男「いちおうフォンはつながるんだ。持ってる人はクルマで充電してるんだよ」

 

女「そろそろ都会へ戻ろうかなあ。田舎暮らしも、さすがに飽きてきた」

 

男「やっぱり村に住んでたのか。服もすごくいいの着てるし、どこに忍びこんでいるんだい?」

 

女「教えなくたって、すぐつきとめるくせに」

 

男「お、それは、誘ってくれてるのかな」

 

女「ゲロキモイからやめろ。ほんと、油断も隙もない」

 

男「油断も隙もありすぎのようだから忠告しておく。

Jスカダモアという名で売られてる香水が、ネット販売で大人気だ。花の香りに包まれながら、眠るように、確実に逝けるってさ。

そろそろ各地の警察が注目しはじめている。主原料がラヌンキュラスであることは特定されているが、ありふれすぎた植物だからどこでつくられているのか皆目見当がつかない。だが分析すると鉄分の含有量が妙に多いんだ。

鉄分といえば、赤土に覆われたこの島なんて候補のひとつに挙がるよね。

そこで僕みたいな素人探偵見習いが、つい嗅ぎ回ってしまうと。だから気をつけたまえ」

 

女「はあ。まったく世の中には、あんたみたいなド畜生がいったいどれほどいるもんなの」

 

男「法医学者は鼻で稼いでる。侮るべからずだ。

で、そんな同業者への対策をするのだったら、僕を味方につけておくとオトクだよって売りこんでいるところなんだけどね」

 

女「ボスに話しておくよ。慎重な人だから、それまではあんまりウロチョロしないでおいてよね」

 

男「心得た。

疑り深いことは、たいへんすぐれた美徳だ。僕だって不用意に罠の中まで侵入はしない。待つよ。

さあ、そろそろ町へ着くけど、何を飲みたい?」

 

翌日、メアリ・マーサ・ルシラ・ムーア・ボール・ヴァンスはアンにその話をした。

アンはイグナティウスという名を聞いた瞬間に男の正体を察したのだが、ポーカーフェイスで押し通した。ヴァンスが語り終えるまで、冷静に分析をする。

 

アン「そいつ、極度のナルシストだな。人生楽しんでいることを鼻にかけ、国家権力にも顔がきくことを自慢し、おまえは俺に何ひとつ隠し立てできやしないと思いこませて相手を支配したがる、危険な男だ。

絶対に信用しちゃいけないな」

 

ヴァンス「さすがだね、アン。あたしの話だけで、よくそこまで見抜くもんだ」

 

アン「昔、よく似た男に騙されてるからな。おれ、そいつに毒を盛られたんだ。

イグナティウスだって、アイドル・ワイルドの全員を駒にすることしか考えていないはずだよ。むしろ早めに始末しておくべき敵と認識すべきだな」

 

ヴァンス「どうしよう、アン。あたし、あいつに手懸りを与えすぎてる気がする。今もどこかから見張っているかもしれない」

 

アン「そのとおりだと思う。むしろ利用しよう。おれたちが罠にかけるんだ。

その才能は、ヴァンスの方が上だろ?」

 

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