緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§73.自分にもできるお手伝い

アンは、ベル邸を訪ねた。

ジョセフしかいないことを確認した上で。

 

アン「パイを焼いてきたんですよ。適当に召し上がってください。

シンクに洗い物が溜まってますねえ。掃除も、し甲斐があるな。

よーし今日は特別に張り切っちゃおう。時間もあることだし。

よろしいですか?先生」

 

アンは張り切って、大片付けに精を出す。

ジョセフ・ベルはありがたがる。

アンがいつになくおしゃべりなことに少なからぬ違和感は抱いたが、なにかムシャクシャすることでもあったのかなと推察し、もちろん深入りはしない。

調子を合わせ、ゴミを仕分けたりなど自分にもできるお手伝いをさせていただきながら、甘酸っぱいような、そうでもないようなひとときを愉しんだ。

 

ベル「イグナティウスは、州都へ行っている。最近なにかと大学や研究所から頼られるようになってきていてね。

臨床医が向いてないことはもうわかったから、うまくコネをつけてそっち方面へ就職しなさいと、けしかけているところさ」

 

アン「臨床医が向いてないとは、具体的には、どのような?」

 

ベル「目の前の相手が困ったり苦しんでいればいるほど、笑いがこみあげてくるという、致命的な心の病を抱えているんだ」

 

アン「探偵にも向いてないんじゃありません?真犯人を見抜くのは早そうだけど、推理ショーまで生きちゃいないでしょう」

 

ベル「そうだね。だから長編は書けない。短編を書かせて、最後の一行さえ僕が削れば傑作になる。なぜ自己判断でそれができないかなあ」

 

アン「あれ?小説の話でしたか」

 

ベル「いやいや、論文だよ。

イグナティウスは見かけによらず結構筆まめなんだが、なにを書いてもその分野の先輩たちからは挑発と受け取られる。才能はあるのになあ。惜しい男だ」

 

アン「本人にとっては、その最後の一行さえ残せれば、それ以外ぜんぶ消されてもいいのにってところなんでしょうけど」

 

ベル「読んでもいないのに、そこまでわかるとは。さすがだよ、アン」

 

アン「もったいないですよねえ。顔も頭も悪くないのに、性格が歪みすぎだ」

 

ベル「昨今のシリアルキラーに多いタイプではあるけれどね。だから彼を見ていると犯人の心理分析に役立つし、彼自身は次の犯行現場への先回りができる」

 

アン「あのー。本人がズバリ犯罪そのものをやらかす可能性はいかほど?」

 

ベル「連続殺人事件の渦中に混じり、予定より早く終わらせる。その場にいる犯人候補を2人まで絞りこむ。イグナティウスじゃない方を警察に突き出す。

ここまですれば、解決ということにしようじゃないか」

 

アン「なるほど。イグナティウスは今日までタイトル防衛戦に勝ち続けきた。でもお前だって真っ白じゃないんだから、決して自由になんかさせておかないけどよ。ということですか」

 

ベル「その通り。イグナティウスが逮捕されると私にも痛手だから、もちろん全力で支援するのだよ」

 

アン「あれ?いいんですか。今、彼は一人で州都へ行っているんでしょう。野放しにしておくと危険なのでは?」

 

ベル「おいおい。僕は彼の保護者ではないのだから、常に監視しておく責務は無いよ。

むしろなるべく外へ出してやり、いろんな情報を集めさせる。この家の中でストレスを溜められたんじゃあ私の身が危険だからね」

 

アン「がっちり制御されてるのなら、いいでしょう。さすがは先生。

ところでフレデリクトンへ行かれてたそうですね。学校はじめ教育機関の多い都市だ。どんな様子でしたか?」

 

ベル「静かで、いい街だったよ。子供に豊かな教養をつけさせたいと考える成り上がりが住み着くから秩序立っていて、役人は楽ができる。

僕たちが行ったときはアンクル・サムの観光バスが連日押しかけていて、あれだけはうるさかったな」

 

アン「少年たちは武器をどこから入手したんでしょう」

 

ベル「フレデリクトンから西へ1時間も走ればアンクル・サムだ。あの国でならなんでも買える。

今度の事件で、他の高校や一般商店なども自衛のために武装化する必要が叫ばれ、セールス・レップが駆け回っていた。

商機の到来と、経済学の研究促進。歓迎すべきことなのだろうね。もちろん僕たちだって、少し懐をあたためることができたわけだし」

 

アン「いちばん得をした人、あるいは損をした人は、誰なんでしょうね」

 

ベル「儲けた金額ではジャーナリストがダントツだろう。あとは清掃会社から十字架職人まで含めて勝ち組だ。

不幸ランキングでは、学校長と理事会がかなり凹まされていたね。

悲惨さトップは、犯人たちの親じゃないかな。補償のため全財産を売却して引越を余儀なくされたし、あれだけ顔を曝されたら新しい友達だってつくれない。

犯人にとって一番憎かったのが親なら、これ以上の復讐はないよ。

しかも自分たちは先に苦しみから解放され、同じ境遇の後輩たちから数十年は殉教者として尊敬をこめて語り継がれるだろう。成功した人生だったと言えようね」

 

アンは深い感銘を抱いてベル邸を辞した。

イグナティウスはこんな師匠と毎日イチャイチャしてるのか。

いいなあ。

 

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