ミス・ステイシー解任の噂は、最初から決定事項として広まった。
高学年クラスの生徒でこれを喜ぶ者は皆無であったが、だからといってしめっぽく悲しむなんて当のステイシーが一番嫌うことだった。
いわゆる送別会みたいな社交辞令は、アートやスポーツのグループやチームごとに先生を招待し成果を披露して語らい合うという形をとって、目立たないように行われた。
大人との軋轢は極力回避しろ。
あいつらはしつこいしバカだから、うまくたぶらかして安心させる練習の叩き台として使え。
これもまた、ミス・ステイシーの一貫した教えである。
生徒たちの多くはこれを正しく理解したから、基本的に親とは仲良くやっていた。
しかし賢い者が愚か者に優しくすると一定の割合で疑心暗鬼を生じさせるものであるし、実際のところ本心では尊敬なんてしていないのだから、どうしても態度に出る。
たまには爆発もしちまうよね、という教訓だ。
ダイアナ「先生は、これから先どうされるおつもりなんですか?」
ステイシー「貯金が尽きるまで旅行でもしようかなあ。そのうち依頼がくれば、またエージェントになって、どこかで何かをやってるよ。縁があったらまた会おう」
ダイアナ「アルバリーへも、エージェントとして潜入されてたってことなんですか?
いったいこんな、何もない村へ、なぜ?」
ステイシー「うーん、それは、守秘義務に抵触するから言えないなあ。おまえら勘が良すぎるから、尚更だ。
しかし楽しかったぜ。ほどよく心をリフレッシュできたかもな」
アン「リフレッシュといえば、先生はオシャレ着をいっぱい持ってますけど、洗濯はどうしてたんですか。全部、町のクリーニング屋ですか?」
ステイシー「ホワイトサンズに行きつけの店をつくった。毎週持っていって、次に着るものだけ持って帰るんだよ。
うちのクローゼット代わりだね。だいぶ貢いだなあ」
アン「いい贅沢ですね。電気さえきてりゃなあ、うちも全自動洗濯機欲しいんですけど」
ステイシー「ああ、手洗い足洗いは重労働だからね。そうなんだよなあ、この村で一番つらいのは電気事情だよ。PCとネットが使えないなんて現代人にはなかなか酷だった」
ダイアナ「まあまあ。昔はそんなもの無くたって人は豊かに暮らしてたんですから」
ステイシー「プロテスタントで自由党派のダイアナがここまで保守主義なのも面白いよな。
これからどうするの。進学するかどうか、まだ迷ってる?」
ダイアナ「まだまだ、とっても迷ってます。先生がいなくなっちゃうと都会へのポジティヴなイメージが遠のきそうで、ますます不安です。
人は聖書とパンさえあれば生きていけるのに、街へ出ると際限なく何もかも欲しくなって、それが目的になってしまうんでしょう?」
ステイシー「ダイアナならそんなスノビズムに染まらないでいられるだろうって見込んでいるんだけどなあ。
でも、迫りくる幾つもの試練をくぐり抜けてゆく必要はある。だから本人の覚悟が固まらないようじゃあ、薦めるわけにもいかんのだよな」
アン「ギルバートはまだ怖がってるのかな。ダイアナの不安には、彼の分も含まれていたりする?」
ダイアナ「うーん。ギル本人だけでリヴェンジするぞって奮起することは永遠に無い気がするよ。
ただ、あたしが進学するのだったらしっかりと支えてみせる、とは言ってくれてる。
理想的といえば理想的ではあるんだけど、ちょっと違うんだよなあ。
むしろ、ギルがリヴェンジしたいって言うなら、あたしが支えてあげたいっていう意思はあるんだけど」
ステイシー「相手まかせがカップリング組んじゃだめだ。どこへ行っても、うまくいきっこないぞ。
やめておけ。としか言えないな」
ダイアナ「ですよねえ。それも、よくわかってます」
アン「なるほどなあ」
ステイシー「アンはどうするんだい?これから先の目標は?」
アン「おれですか。只今目標喪失中です。しばらくモラトリアムの海を漂っていたいですね。なにも予定の無い明日、ってしばらく味わったことなかったんですよ」
ステイシー「おまえはもう少し悩んだ方がいいんじゃないのか。いちばん図太い性格してるぞ。
薦めやしないけど、アンが進学したら絶対将来とんでもないことをやらかす」
ダイアナ「なるほど。たしかにそうでしょうね。わかるわー」
アン「全自動洗濯機欲しい、くらいの野望しか無いんだけどな」
ステイシー「飾っておくためにか?まずは電気を引かなきゃならないだろ」
アン「そこからですか。おれに、アルバリーの村長にでもなれと?」
ステイシー「村長ごときがいくら頑張っても、経済は回せない。
この村に電気を引きたいなら郵便局長・銀行員・農夫・漁師・鍛冶職人・石工・肉屋・教師に判事と、多くの同志が必要だ。アンなら人狼として、かれら全員をうまく操ることができると思っているんだがね。
20年くらい経ったアルバリーがどんな大都会になっているか、多少の期待はしておくよ」
ダイアナ「まあ!すてき!」
アン「わけがわからねえ。おれだって風来坊ですよ。この村にいつまで住んでることやら」
ステイシー「だからといって、他に帰る場所も持っちゃいないんだろう?
すでにここはアンの出発点であり、ふるさとになっていると思っているんだがね。
開拓し甲斐もある。夢を膨らませたら、無限大だろ」