緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§82.誰しも通る道

アルバリー小学校は、2年前も査察対象になった。

 

当時在職していた老練な教師が半殺しの目に遭い、警察が押し入ってきたのを教団が止めさせ、自主捜査したのだ。

続けざま、牧師も襲われ、宗教的な怨恨が背景にあるのではと推定される。

教団は有能なエージェントを派遣し、一連の事件を終熄させることに成功した。その栄誉を讃えプレスビテリアンの総本山であるハイカークへ推薦状を出したところ、2名のエージェントには激戦地ベルファストへの転任が決まった。

しかしこの措置は拙速だったかもしれない。

悪魔はひと眠りしていただけだった。

しかも今度はアビグェイト州の、より広範な地域を巻きこもうとしている。

困った。人材がいない。

 

夏休みなので余裕のある教育省からも専門の監察官が同伴する。

教団の調査員はかれらの追及も躱す必要があった。

とりわけ教師ドビンズの処置については議論が尽くされる。彼は心神喪失状態にあり、法的責任を負わせるのは難しそうだ。

ただ村民の大多数が事実を公けにすることを望まず、したがって立件させない方針が最初に決まった。

長年問題もなく働いてきた正規公務員であるから、退場させるにしても慎重に理由をつけなければならない。

自然死に見せかけられる香水が話題になっているらしいと誰かが提案をしたが、メーカーが生産終了したとかで転売価格が高騰しており自然消滅。

 

査察チームは子供たちから証言をとる。

まずは当日ドビンズから追い回された被害者の低学年児童だ。

かれらは正直に語らなかった。

だって戦利品を見せなくちゃならなくなるし、おそらくきっと確実に、没収されてしまうじゃないか。そりゃもう懸命に隠したさ。

男なら誰しも通る道だけど、教育者は真面目な人ばかりだから純真無垢でひたむきな野生児たちの嘘を見破れなかった。むしろ深く納得してしまい、次は高学年生徒から聴取する。ミスター・ドビンズは、普段どんな先生だったかと。

ドビンズは昨年度ほとんど授業なんてしなかったし、一昨年度は多少したけど、それ以前だってロクにしたことがなかった。

呆れたことに教育省も教団もこの事実にいまさら驚く。

だって報告書提出はドビンズの仕事だし、ミス・トランチブルなんて今も必死に上司を庇うだけだからね。

それでいて給料はいちばん高くとる。

これには査察官一同が憤怒し、幾らかでも弁償させねばとドビンズの教員室や下宿から換金しやすいものを押収。

化学専攻を自称しただけあって部屋にはマニアックな実験器具類のコレクションがたくさん見つかったが、すべて空箱だった。きっと本人が予算で買ってはすぐに売り払っていたのだろうと推断され、やるせなさと憤りの追い焚きが止まらない。

 

すでに村を去っていたミス・ステイシーの消息はつかめなかった。

ほぼ唯一の連絡手段であるスマートフォンは本人によって解約されていたし、届け出されていた実家も存在しない住所だった。

本部は追跡を断念。

陰謀団が暗躍していたとすれば彼女はまさしくその一員だったと思われるが、その手懸りは高学年クラスの生徒たちからしか探れない。

捜査員たちは少年少女に問う。

教えてほしい、彼女は普段どんな先生だったのか。

 

「先生はスポーツ万能でした。あらゆるコツを心得ていて、シンプルなアドヴァイスだけをくれるんです。とりあえずその通りやってみるんですよ。何日か続けていると、ある日とつぜんできるようになるんです。まるで魔法です」

 

「先生は、ことばの達人でした。聖書はもちろん、スコット、テニスン、シェイクスピアだってスラスラと暗誦してみせるんです。忘れないようにとメモをとります、毎日毎日。すると小説ができあがっていくんです。まるで魔法でした」

 

「先生はきっと未来から訪れたんだと信じてます。だから何でも知っていたんだなあ。僕たちがどんな大人になって、この世界をどのように変えていくかをわかってるくせして、でも教えてくれないんですよ。本人が知っちゃったら、どうせできるんだしと安心しちゃうからでしょうね。ほんと、人を操るのが上手でしたよ。さすがは魔女です」

 

こんな話ばかり聞かされた教育者たちは、おそれおののいた。

村はすでに乗っ取られている。子供たちはすっかり心を奪われており、まるで預言者と対話してきたかのように恍惚とした表情を浮かべ、深い満足感に浸りきっていた。

これは由々しき事態だ。

 

そこへ更なる追い討ち。

州内第二の都市サマーサイドの議会へ爆破予告が届けられたという。

まだ報道はされていないが、差出人の署名がロナルド・アーバスノット・ノックスとされていたことから警察の捜査はプレスビテリアン教団に向けられている。

州都シャーロットの本部でも至急対策を講じなければならないから戻ってこいとの指令である。

査察団は先を争って村から姿を消した。

 

いったい何が始まろうとしているのか。

急いで情報と力を集約する必要があった。

アルバリーとサマーサイドにつながりはあるのか。

とりあえず会議だ。そりゃそうだ。

 

ところでノックス一族といえば16世紀にプレスビテリアン教団を創設した名門であり、とくにロナルド・アーバスノットは十戒研究で名を轟かせた重鎮だった。

現在まで生きているわけもないから同名ならば別人と思うが、警察も教団も案外ロマンティストのようだ。

だからミス・ステイシーが魔女だという噂も信じちゃうのだね。

 

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