緑きりつま、赤毛きたれり   作:ひねもす@HAMELN

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§85.減るもんじゃなし

ダイアナ「そういえば以前、同級生の作文をおばあさまにお送りして、読んでいただいたんでしたわ。ありがとうございました」

 

クラリス「へえ?さっぱり覚えてないけど、どんな筋だったかね。

……ふうん、やっぱり覚えてないね。で、その子たちはまだ書いているのかい?」

 

ダイアナ「ミステリ、ロマンス、バイオレンス、SFといろいろ挑戦していたみたいですけど、処女作を超えるものが創れないと言ってモチヴェーションが落ちていったみたいですわ」

 

クラリス「自分で自分の才能を潰していったわけかい。先生は指導してあげなかったの?」

 

ダイアナ「先生の教えには逆らいたがる子たちでしたから」

 

アン「あの。今の、いったい何がまずかったんでしょうか?」

 

クラリス「型ができてないうちにあれこれ目標を移してるのがダメなんですよ。

一作目が一番マシだったと判断しているのだったら、次にすべきはそれの徹底検証ね。そこをわかってないってことは、他人様のお手本をちゃんと読む習慣もつけてないんじゃないかしら」

 

アン「マダムは彼女たちの作品に人物相関図と舞台見取図を付けて返されたんですよ。おれは、あれが最高に衝撃でした。検証っていうのは、あんな作業のことですか」

 

クラリス「検証の流儀も人それぞれだけど、私は昔、建築士をやっていたから建物の描写がじっくり出てくると図面を引きたくなるのよね」

 

アン「へえ。あの作品の空間設定はデタラメでしたけど、さぞや肚が立ったのでは?」

 

クラリス「プロの作品だってデタラメばかりです。

どこをどう直せばスッキリするか考えるの。直し甲斐のある作品ほどいいわ。

何軒かリフォームし終える頃には、それらのどれとも似ていない建物がひとつ完成してる。それを舞台に自分の作品を書くのよ。チョロいものね」

 

アン「い、いま創作術の極意を垣間見た気がします。

プロとして作品を量産し続けられる秘訣って、それですか」

 

クラリス「あらあら私としたことが。オホホ、今のは忘れてちょうだい。

なんてね。アンになら伝授してもいいわ。

話題にもならず、誰も手に取らないような作品を片っ端から読みなさい。それらには夥しい欠陥がある。いちいち真剣に指摘して、どこをどう直せば面白くなるかを具体的に示してあげるの。手元のノートに。

一冊埋まるまで続けてごらんなさい。

そこには、かつて存在しなかった物語の街ができていて、何百人という主人公たちがセカンド・ライフにチャレンジしてる。

あなた自身は創造主となってこの箱庭を眺めていればいいし、ほんの一部を切り取ってブラッシュアップすれば短編作品のひとつくらいすぐにできるでしょう。

どう?チョロいもんよ」

 

アン「び、びっくりです。そんな発想はなかった」

 

ダイアナ「おばあさま?ひどいわ。以前私が教えていただいたのは、今のと正反対の結論でしたのに」

 

クラリス「へえ、そうだった?覚えてないね。

ああ、小説家講座の先生はカスばかりって話かい。それもまた真だよ。

素人相手の講師を1年もやってたら、100年かけても消化しきれないほどのネタを蒐められてあたりまえなのに、それができない連中ばかりなんだからね」

 

アン「話題になりようもない、確実に未熟な生徒たちの作文を丹念に読んで批評する仕事ですから、さっきの流儀に従えば、想像を絶するほどの観察眼と再加工能力が磨かれて当然に思われますね。

小説家になりたいなら、講座の先生ほど最短のルートは無い。

でも、なぜそうなっていないんだろう」

 

クラリス「同じものを見ているのにAは宝の山と考え、Bにはゴミの塊と映る。そんなこと、世間じゃ珍しくもないことだから。

もちろん、Aが多すぎる社会はせわしくて息苦しい。大衆はある程度Bばかりでいてくれた方が嬉しいわね。

小説家を長く続けていくつもりならAをBに落としていく地均しも必要になってくるけど、そんなことは齢をくってから考え始めればいいの。

素人は無邪気に自分が楽しいと思うものを書きなさい。それでいいじゃない。減るもんじゃなし」

 

アン「ちょっと脱線しますけど、いいですか。

おれの友達で古典文学マニアがいるんですね。

以前、彼女に小説書いてみたらって薦めたことがあるんですけど、本人は向いてないからって言ってました。

そんな彼女ですが誰も読んでないものについて詳しいので発想が時々びっくりするほど斬新でして、おれをいつも驚かせます。

マイナー作品を叩き台に、っていうのとは真逆な気もするんですが、古典を読んでおくことも、作家の鍛錬には有益ですか」

 

クラリス「平凡な質問ねえ。

私はマザーグースくらいまでしか読まないわ。古典に染まると文章が堅苦しくなるのよ。ミステリとの相性がいいとは思えませんね。

古典にもいろいろあるけど、読むこと自体は鍛錬になるでしょう。面白いと思うなら究めればいいし、それは建築の知識と同様に専門スキルだから、その作家の特技になりえると思うわ。

ただ本人が書く気になっていないのなら、自由に読むだけで充分じゃなくて?

アカデミズムの世界に入っちゃうと古典はまた別の価値を持つけど、その感覚に染まった人がミステリくらいならと書き始めるケースもあるのよね。これは必ず失敗します。

そんな人種が無自覚に描きたがる主人公を、大衆は本能的に嫌うから」

 

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