アン「進学は、すべきですか?」
クラリス「自分で決めなさい、なんて言うのは酷よね。
その先の人生は確実に変わります。進学する方がより複雑な試練に見舞われ、些細な判断ミスが命取りになったりするわ」
アン「ダイアナの彼氏がまさにそのリタイア勢で、今もトラウマを引き摺ってるんですよね」
クラリス「ギルバート君でしょ。聞いているわ。しがみつかれると一緒に溺れちゃうから、適度な距離を保ってなさいとアドヴァイスしました」
アン「さすがです、マダム」
クラリス「それよりも、お金はあるの?
ダイアナは、受験するならクイーンズ・カレッジだと考えているみたいだけど、一家総出で私を頼るつもりでいたの。
先に概算書をよこせと言ってやったわ。すぐ出してきたけど、見通しが全然甘かった。
2年間の授業料が5万ドルだとパンフレットには書いてありました。
では、学院に支払う総額はいくらになるでしょう」
アン「え?……5万ドル以上かかるってことですか」
クラリス「それは授業料だけですからね。しかも税抜き表示。
一括払いか分割か。現金か電子決済かによって金利も手数料も大きく違ってきます。
このほか相互扶助会・共済協会・施設管理団体などの加入金・年会費が実質強制徴収だし、最近はシステム利用料という項目が追加されているけど事務員がこれをさっぱり説明できなかった」
アン「さすがはマダム。徹底的に調べられたんですね」
クラリス「ダイアナが進学しないのだったら徹底的にやります。これ以上絞りあげたら心証を悪くすると思って止めました。
ともかくね、学校なんかに表口から入ろうとすると、タカリ屋が手ぐすね引いて待ち構えているものなの。よく覚えておくといいわ」
アン「今のお話で決心がつきました。おれ、進学はしません。マダムのお傍にいる方がよっぽど勉強になります」
クラリス「そんなこと言ってると授業料をとりますよ。私はクイーンズよりガメついから、覚悟なさい」
アン「しびれる訓示をいただきました。それにしても、そこまで貢いでカレッジに入って、何かいいことあるんでしょうか」
クラリス「卒業証書を手に入れれば、公務員や、同レヴェルの公営・民間企業への就職がしやすくなるわ。
この子は従順で、与えられた課題へ疑問も持たずに取り組みますというお墨付きをもらうの。
実際、カレッジやユニヴァーシティと呼ばれる調教場は、そんな人材を養成するための施設ですからね」
アン「入学時点で、バカバカしいほどの大金を言われるままに差し出す家庭を選別して仕入れてるわけですから、完全に一貫していますね。
最後にどうしてもわからないんですが、官公庁や企業は、そんな家畜人間をいったい何に使うつもりなのでしょう」
クラリス「先輩たちに奉仕させるの。プライドを持ってたらできない重労働よ。
10年から20年、その仕事に耐えたら、新しい子分を同じように使役する資格を持てたりすることもあるわ」
アン「貢いだだけの見返りは、あるものですか?
将来への期待がそれだけでは、投資のし甲斐を感じられないのですが」
クラリス「不思議ねえ。どうして噛み合わないのかしら。
ごく一般の家庭で、子供が作家や芸術家になりたいと言い出すのと、進学して就職したいと言うのとでは、親はどちらを支持するかしら」
アン「うーん。親にとっては、持参金つけて娘を嫁に出すのと同じ発想なんですかね。どうせ幸福にゃなれないだろうけど、せいいっぱいのことをしてやりましたと世間にポーズは示しておきたい、みたいな」
クラリス「いえ私は自由業へ進みます、と子供が言えば、どうかしら」
アン「好きにさせてやりなよ、とおれなら思うんですけど、親は止めたがるもんだろうなって雰囲気はわかります。
そこにヒントが隠れてたりしますか」
クラリス「悪い遊びを先輩たちから教えこまれるのはどこの世界でも同じだけど、官憲というものは身内に甘くて、ことさら自由業を目の敵にするの。
公務員または企業人の先輩に守られていれば、政権が転覆でもしない限り、逮捕されません。
小説家なんて老後の道楽でもできますけど、若い頃自由にやってて老いてから政治家に取り入ろうなんて虫がよすぎるわ。だから進学がもてはやされるし、そこに群がる商売人もきわめて多いと。こういう理屈」
アン「難題だ。まず支度金が巨額すぎて本人だけでは決められないし、出資してもらう以上はスポンサーの意向に従うべきが道理だ。
将来設計が大きく違ってくることも納得しました。
高学年になると、もう、決めなくちゃならないんですね……」
クラリス「あら?アンはさっき、もう決めたのじゃなくて?進学はしないと。
いさぎよくて素早かったわ」
アン「ええ、そりゃまあ。だいたい5万ドルもかかるってことさえ調べてなかったし。
でも、じゃあノンキャリアで働くのかって考えると、それもまた不安に感じますね」
クラリス「不思議ねえ。やっぱり噛み合っていないわ」