マダム・メアリ・クラリス・ミラーはアン・シャーリーに構想を打ち明けた。
ダイアナ・バーリーは進学するだろう。目標にしているクイーンズ・カレッジに合格すれば、2年間学業に励むこととなる。
バーリー家では当初、コッパー・ビーチズに下宿させてもらう前提で考えていたらしいが、家主は拒否した。
それでは自立心が身につかない。
時々遊びに来るのはいいけど、寮かアパート暮らしをなさい。
さて、アンだ。
ダイアナのクイズにいつもつきあっていたから、受験すれば合格するだろうという感触は持っていた。
しかしいざ、それにかかる金額を知って怖気づく。
在学中の試験成績や授業態度は細かく記録され、卒業後の就職でも身元保証の一端として生涯ついてまわると聞かされ、なおさら厭になった。
進学はしない。
では、働くか。
これが憂鬱のもとだった。
マリラの怪我をきっかけに事業化した香水づくりであったが、非合法な連中の興味を惹きつけているぞと再三忠告され、その対策も必要でかなりコソコソやっていた。
チームにメアリ・ヴァンスという逸材がいたおかげで何とかやってこれたが、村の少年たちに標的とされてはどうしたって続けていくことが難しくなり、完全に廃業。
終盤こそ収益も安定してきて程よい貯蓄もつくれたが、次は何で稼ぐかという目途が立たなかった。
村には産業と呼べるものがなく、隠さなくてもやれる内職なんて時間ばかりとられてちっとも儲からない塵務ばかりだから却って家計を苦しくする。
張り合いのない夏だった。
だからアンの勘も鈍っていたのだろう。マダム・クラリスの申し出に、ただただ驚くばかりだった。
クラリス「シャーロットには総合大学1つ、単科大学が2つあるわ。
奨学金制度に頼ってる苦学生もいるとは思うけど、大半は裕福な家の御子息御令嬢だと見做していい。細かく観察すれば一人ひとりに個性もあるんでしょうけど、街全体の中では学生なんて巨大な単一性集団の最たるものよ。
どう?わくわくしてくるでしょう」
アン「ハイティーンなら日々考えることの90%は性欲由来の衝動でしょうから、一斉に誘導させることも容易いのかな。どうですか?」
クラリス「おばあちゃんにはついていけないわ。インターコースはミステリと相性悪いのよ。それを描きたい人は、ハードボイルドの棚へ移籍すべきね」
アン「おれもあんまり過激なのは好きじゃないです。
さて、すでにこの街には学生たちの大量需要をアテにした各種産業がびっちり蔓延っているわけですね。
食堂、ファストフード、カフェ、文房具、デジタルデバイス、家電、アパレル、映画館にライヴハウス……なんでもありだな、ちくしょう」
クラリス「昔は学生街といえば古本屋が密集していたものだけど、紙の本なんて今や、大量処分ならおまかせくださいって廃品回収の筆頭に居ついちゃった感があるわ。
シャーロットでも郊外へ行けば新刊も古書も取り扱っている店がいくつか残ってるけど、客も店員もミドルエイジ以上がぶらぶら時間だけつぶしてる。
あらあらつい愚痴が出ちゃう」
アン「マダムの著作も、最近10年くらいは電子版しか出てないですよね。
この邸でやっと古い作品も読めて嬉しかったですけど、作者としてはやっぱり紙で出したいですか」
クラリス「電子版は、一冊単位で売れた瞬間に通知が来て、印税の振込も早いからモチヴェーションは爆上がりよ。
それはそれでありがたいんだけど、紙でもつくってもらいたい、っていうのはやはり贅沢よね。
ヘレンは怒りを形にする能力を手に入れたけど、私たちの世代は逆に、形として遺しておく手段を失ったの。
作者がピンピンしていても出版社が倒産したら権利ごとそのデータへはアクセスできなくなっちゃうのよ。昔よりずっと深刻に、作家は契約している出版社を支えていないとならないの。
まるで離婚を許されないカトリックのような地獄ね」
アン「そんな話も、小説には書けませんよね。全出版社から怨みを買っちゃう」
クラリス「そうなのよ。プロなんかやってるとね、何から何まで、がんじがらめなんだから。
ヘレンを羨ましく思うわ。
私からのエールを伝えてちょうだい。あなたは絶対プロになんかなろうとしちゃだめよ、ってね」
アン「うまく伝えられるかな。アルバリーへ帰ってから考えてみます。
さて……準備期間が1年あるのはありがたい。
楽しみが増えました。これから毎日、シャーロットの市街地図を眺めながら、ニヤニヤして過ごせますよ」
クラリス「それは何より。
ついででいいからダイアナの監視もお願いね。あの娘、びっくりするくらい女臭くなってきたから少し心配してるの。
こんなことアンにしか頼めないのよ」
アン「かしこまりました。ダイが予定通り動いてくれないと、おれたちの計画も軌道を外れていくので、うまくやりますよ。
ただ彼女がメス臭いことは勘弁してあげてください。
村じゃ娯楽が少ないんで、インターコースくらいしか暇つぶしの手段がないんです。
あれでも結構、自制しているんですから」