昨今、教室で鞭を振るうことは、よろしくないとされるようだ。
ドビンズは不思議でならない。
猿より劣る餓鬼どもを躾け、善悪を肉体と精神とに教えこむ崇高な職務に、鞭という武器を使うなだと。
しかも、よりにもよって教団から派遣されている監視人からそう命じられる。
聖書の教えにも反することだぞ。と抗議してみせるが、よくわからない理屈で言いくるめられ、なけなしの自由を更に奪われる危険を感じて怒りを呑みこむ。
いっそこの身を鞭で撲て。オレは現代のベン・ハーだ。などと心の奥で叫ぶドビンズ。
そんな労力、他人に求めるなよ。と言ってやりたいところだが、聞く耳は持ってなさげだ。
まったく。不思議でならない。
9月も終わりになって、牧師も交代した。
ドビンズと同じく殺されても惜しくない人材なのでアラン氏を据え置くというプランもあったのだが、いつまでもカトリック臭が抜けず村民からの不満も募っていたので、もっと惜しくない中年男が送りこまれた。
名をジェイムズ・ペリーという。
ペリー「騙されたよ。ネットができないばかりか、テレビすら見られないって?とんだ僻地へ回されたもんだ。
きれいどころは居つかなくて、ジジババとガキしかいねえ。
ここから這い上がるのは絶望的だな」
ドビンズ「おまえさんも、やらかしてきたクチか。
オレもしくじったんだが、弁解を聞いちゃもらえなかった。上層部は腐ってやがる。ただ下を踏みつけて体裁だけを保ちたいのさ。
ちくしょう、このままですむと思うなよ。神は見ておられる。最後まで正しい者が、報われなきゃ絶対におかしいんだ」
ペリー「あんた、前向きだな。
たしかにそうだ。希望は捨てちゃならねえ。信じようぜ。粘り強く戦って、悪魔どもを跪かせてやるのさ。
俺たちが組めば、できそうだ」
ドビンズ「何をするにも、まずは金が要る。
オレは元手になるものをすべて奪われた。車すら手放させられ、二束三文で売り払われて教団に持っていかれた。
あんたの資金はどのくらいだ」
ペリー「俺を頼るな。牧師の活動費なんて現地調達が大前提だし、だから日曜学校とか古着のバザーとかチマチマやって生活の足しにしていかにゃならんわけだ。まだ教師の方が、ツブシがきくぞ」
ドビンズ「嘆くな。ツキが逃げる。
それでも稼いでる牧師はいるはずだろう。前向きな実例を挙げてくれ」
ペリー「フム……たとえば教区で身寄りのない老人が死に、動産や不動産を正当に引き取るべき者がいなかったとする。死者を弔い、財産の目録をつくり、買い手を見つけて適切に社会へ還元するのは、牧師の仕事だな。
とくに役所が積極的でない地域では、信徒同士で話がついたと報告すれば全員から喜ばれる」
ドビンズ「この村はうってつけだぞ。他には?」
ペリー「牧師は冠婚葬祭を取り仕切るのが職務だから、よく縁結びの相談を持ちかけられる。
あの娘と結婚したいがすでに許婚者がいる、といった場合、条件次第では既存カップルの仲を引き裂いて依頼者になびかせてやるといった工作が、牧師になら可能だ。
これも、うまくいけば全員から感謝される」
ドビンズ「嫌われてもいいんだ、儲けさえすれば。
オレの目からは、信徒の秘密を握り放題で羨ましい限りなんだが、なぜその能力をもっと積極的に使わないのだ、きさま」
ペリー「そこまで割り切って考えたことなど、なかったよ。君は随分と明晰な考え方をするのだな。教師だから身についた才能なのか?」
ドビンズ「教師なら皆がオレと同じことをできるなどと思うな。
強いて言うなら逆境がオレを目覚めさせたのだ。世が世ならオレはローマの皇帝になれていた人物なのだぞ。
こんなところでくたばってたまるか」
ペリー「村民の気質も、人間関係も、地理だってよく知っている君が司令塔になってくれるとたすかるな。
私はその指示に従い、善良な牧師を演じよう。
力を合わせ、のし上がるのだ。約束の地を取り戻すために」
ドビンズ「当面、君は愛想よく村の家々へ挨拶して回り、誠実さを印象づけていてくれ。前任者が奇跡待ちのウスノロ野郎だったから、楽に点数を稼げるはずだ。
オレはしばらく監視付きだから動き回れないが、ある策を考えている。そうだな……クリスマスがひとつのヤマ場になるだろう」
ペリー「クリスマスか!そうそう、楽しみにしていたことがひとつだけあったんだ。
カトリック襲撃の伝統を今も守り続けている村、アルバリー。ここから戦士たちを送り出し、凱旋を出迎えるんだろう。
わ、私がそれを仕切るんだよな。
まったく夢のようだ」
ドビンズ「あんまり期待するな。形骸化した、ショボい祭りにすぎん。
伝統を守っているというより、やめどきがわからなくて時流にとりのこされているだけさ。
とはいえ、世を怨み暴れる口実とその対象を求めている者にとっては利用しがいのあるイヴェントだ。オレたちが実行犯だと気取られない限り、責任をとらなきゃならないのは教団本部だからな。痛快じゃあないか」
ペリー「俺たちはあくまで善意の仮面を被って驚いてみせるんだな?
そりゃあいい。まったく最高の冬になるぜ!」